以上のような心に突き刺さるような劇の後、会場はマエ・パナー氏、人権団体の女性、そして実際に自身の子供を「薬物戦争」で亡くした女性二人を迎え質疑応答の時間となった。
今回の「TAO PO」は「薬物戦争」の残酷さを国際的に広く認知してもらおう、とのことでスイス、オランダ、オーストリア、イギリス、ドイツを巡回している、とのこと。ヨーロッパにもフィリピン系移民は然り、このような反人道的行為に問題意識を強く持つ人は多い。
会場から出た質問には「フィリピン国外に住むフィリピン人として何かできることはあるか」と「このような反人道的行為に対し何かできることはあるか」とドゥテルテ大統領に対するフィリピン国外の連帯の強化を求めるようなものがあった。
自身の息子を亡くした、と言う女性は「私たちは貧困です。どんな非道なことが起きようとも、今日明日の家族の食料のことを考えてながら生活していたら強靭な政府相手に立ち向かおうなんて思うことなんてできません。金銭的なサポートをしてくださったら本当に助かります」とのこと。聴衆の座席には寄付金用の箱が回され、筆者の隣の女性は20ポンド(3000円)札を入れていた。勿論、筆者も手元にあった小銭を全て入れた。
女性は話を続けた。自身の殺された息子の写真を私たちに向けながら。「私の息子の将来の夢は警察官でしたが、警察に殺されてしまいました。息子は薬物に関わっていません。たまたま警察の検問所を許可なく通過してしまった瞬間、射殺されてしまったのです。目撃者もたくさんいましたが、彼らは政府を恐れて何も言いません。家族や友人、色んな人に止められましたが、私は正義を信じています。そのためにこの活動を続けています」と。彼女の力強いスピーチに会場からは拍手が溢れた。
一方で、とあるイギリス人男性の発言は会場に緊張感をもたらした。
「私はフィリピン国外で一番のドゥテルテ大統領の支持者だと自負しております。今、この場で話をするのにとても緊張しています。実際に被害にあった人達の事を考えるととても遺憾です。しかし、その一方でドゥテルテ大統領によってフィリピンの犯罪率は減っております。また、フィリピンは政府機関の汚職が大変多いですが、ドゥテルテ大統領はそれに関しても積極的に問題解決に注力しています」
このコメントに対しマエ・パナー氏はまずこう返答した。「あなたの素直な意見に感謝しております。私たちの意見は反対ですが、あなたが今日来てくれたことに感謝しております」と。人権団体の女性が話を続ける「ありがとうございます。確かにフィリピンは政治家の汚職や犯罪率が高い国です。ですが、だからと言って残虐にも法的な判断無しに人を殺すと言うことは許されるべきではないです。また、今まで政府関係者の中に薬物取引に関与した、と言う事実がリークされております。絶対的に政府のやっていることが正しいとも言えないのです」
その後にはこのようなコメントが続く。別のイギリス人男性は「今回のことで思い出したのは、これは『貧困戦争』だ。アムネスティ・インターナショナルも『貧困戦争』と称していたと思う。薬物を大義名分に貧困層の居住地を襲い、社会的マイノリティの人々を排除している。また、英国政府もこれに加担しフィリピン政府に大量の武器や監視装備を供給している。私たちはもっと大きな問題を抱えているのかもしれない」と。彼の言葉に会場が拍手喝采し、Q&Aセッションは幕を閉じた。
閉幕後、会場外で同席していたイラン人の友人と立ち話をした。
「イランでもそうだが、結局ヨーロッパをはじめとする先進国が“南”の国々を侵している。結局、植民地的な価値観というのは根強く残っている。」と彼女は言う。
「グローバルサウス(南)」と「グローバルノース(北)」という学術用語があるが、この二項対立は経済・政治・文化等、社会の色々な側面で如実化してくる。
第二次世界対戦以降の各国の脱植民化により、実質上の直接的な植民地支配は終焉したと思われているが、その遺産は未だに世界各国に如実に残っている。いわゆる「先進国」と「発展途上国」が世界地図上にそれぞれ、北と南に集中しているため、このように南北の問題と言われる。
南に位置する発展途上国は紛争や貧困問題に悩まされ、北に位置する先進国から経済・政治的援助を受けているという構図だ。「援助」という言葉を使うと一見、良さそうに聞こえるかもしれないが、直接的に言えば「先進国」の国々が「発展途上国」の政治・経済に口出しをできてしまう、また「発展途上国」もそれに依拠しそれによって国内の政治・経済を「先進国」の都合のいいように変えてしまう、不均衡な関係である。
今回の「薬物戦争」も一見はフィリピン国内の浄化政策のように顕在化しているが、その裏でフィリピン政府を支援しているのは「北」側の国々、つまり先進国である。前述したが、日本もフィリピン政府に5年間で800万USドル(870億円)の経済支援を約束している。「薬物戦争」が「貧困戦争」であるとすれば、フィリピン国内でその被害を受けている人たちからしたら、それはフィリピン国内における経済格差、そしてそれ以上に南北の世界経済の格差、という二重の意味で周辺化されてしまっているのである。
いくら犯罪率の軽減を目的としていてもこのような大量殺人が許されていいのだろうか。人の命は皆同等に等しくあるべきではないのだろうか。「TAO PO」(人間です)は、そう私たちに訴えかけている。
<取材・文/小高麻衣子>
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院人類学・社会学PhD在籍。ジェンダー・メディアという視点からポルノ・スタディーズを推進し、女性の性のあり方について考える若手研究者。