器はあるが中身がない。SNS時代のヴィラン『ジョーカー』

大ヒット上映中の「JOKER」 長らく「アメコミ映画」が定着しなかった日本でも大ヒットを記録している映画『ジョーカー』。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞するなど、本作は観客はもちろん、批評家からも絶賛を浴びている。

障がいを負った主人公

 ご存知の方も多いだろうが、ジョーカーとは人気コミック『バットマン』のヴィラン(悪役)であり、本作はその誕生秘話に迫った単独作品だ。  これまで実写版ではキッチュな漫画的部分を強調したシーザー・ロメロ(『怪鳥人間バットマン』)、そのイメージを決定づけたジャック・ニコルソン(『バットマン』)、アカデミー賞にも輝いたヒース・レジャー(『ダークナイト』)、ポストエモリバイバルのラッパーのようなビジュアルのジャレッド・レト(『スーサイド・スクワッド』)などが、そしてアニメ版ではルーク・スカイウォーカーことマーク・ハミル(『バットマン』)、『ハングオーバー!』シリーズで知られる人気コメディアンのザック・ガリフィアナキスなどが演じてきたキャラクターだ。  今回の『ジョーカー』では、ホアキン・フェニックスがのちのジョーカー、売れないコメディアンで普段はピエロとして働く、アーサー・フレックを演じている。  主人公のアーサーは、母親と2人でボロアパートに住みながら、コメディアンとして活動し、ロバート・デ・ニーロ演ずるマレー・フランクリンのトークショーに出演することを夢見ている。  しかし、財政問題で治安が悪化しているゴッサム・シティでチンピラたちに襲われたり、トゥレット症候群を思わせる障がいを患っていることで、社会に馴染むことができず、次第に精神を病んでいく……。というのが、主なあらすじだ。

オルト・ライトや格差社会を反映

 * 以下、ネタバレ含む    そんな本作の特徴は大きく3つにわけられるだろう。まず大きく議論を呼んでいるのが、現実と主人公アーサーが作り出している虚構の区別が曖昧という部分だ。本作では、何箇所かハッキリとそれまでの描写が実は虚構、妄想だったという場面がある。  そもそも作品全体が虚構なのではないかという意見も出ているほどで、いわゆる「信頼できない語り手」(叙述トリックなどで用いられる、語り手が読者を敢えてミスリードする手法)の作品なのだ。これがさまざまな解釈を可能にしているのも、本作が人気を集めている理由のひとつだろう。  そんなアーサーの現実と虚構の境目を曖昧にしているのが、セーフティネットの崩壊だ。前述のとおり、アーサーは精神に問題を抱えており、カウンセラーのもとに通いながら、薬を処方されている。  しかし、財政が悪化したことで治療は打ち切りに。さらに日々の生活も困窮して……。と、その精神状態は悪化の一途を辿っていく。  そんな社会に不満を抱いているのはアーサーだけではなく、街ではデモが頻発。のちのバットマン=ブルースの父親である大富豪トーマス・ウェインと、貧困層との間に緊張が走る。  この図式はまさに今世界中で起きている格差問題そのもので、原作漫画やこれまでの映画版では描かれていなかったが、トーマス・ウェインが傲慢な富裕層の代表であるような演出が加えられている。  さらにデモ隊の多くは白人で、「金持ちを殺せ!」と主張する姿には、オルト・ライトを想起せずにはいられない。このように世相を反映させているのが、本作の2つ目の特徴だ。  レバノンで行われている反政府デモでは、本作と同じようにピエロ(ジョーカー)のメイクやマスクを纏った人々が現れるなど、今や現実の格差を反映させた映画作品が、反対に現実に影響を及ぼしている。
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面白くないはずがないのだが……
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