「宇崎ちゃん」献血ポスター、なぜ議論がこじれるのか

漫画・アニメとのコラボだから「炎上」するわけではない

 公共団体が用いる漫画・アニメ的な女性表象が「炎上」するのは、これが初めてのことではない。人工知能学会が学会誌の表紙に用いたイラスト(2014年)、美濃加茂市の観光協会がアニメ『のうりん』とコラボしたポスター(2015年)、志摩市をPRするため、海女をモデルに製作されたキャラクター「碧志摩メグ」(2015年)、東京メトロのイメージキャラクタ「駅乃みちか」(2016年)、Vtuber「キズナアイ」とNHKのサイエンス番組とのコラボ(2018年)、などである。  こうしたことにより、漫画やアニメは迫害されていると考える人もいるが、注意しておかなければいけないのは、公共団体と漫画・アニメ表象のコラボ全てが炎上するわけではないということである。既存作品とのコラボに限っても、「炎上」するのはごく一部の作品だけだ。筆者自身、漫画やアニメを広く享受してきたこともあるので、世界観と上手くマッチしたPRを見ると嬉しくもなる。  献血のポスターも、たとえばアニメ『はたらく細胞』とコラボしたものについては、特に問題になっていない。登場人物である赤血球と白血球と血小板をフィーチャーしたものが多く、白血球は男性的に表象されているので、ジェンダーバランス的にもよい。また血液というコンセプトも一致しており、適切なコラボだといえる。  結局のところ、公共の表象が「炎上」してしまう理由は、漫画・アニメとコラボしたからではなく、それぞれ個別の理由があるのだ。『のうりん』ポスター・「碧志摩メグ」・「駅乃みちか」はそれぞれ過度な性表現、人工知能学会の表紙・「キズナアイ」の場合は、それぞれステレオタイプな性別役割が問題となっており、ひとつひとつ固有の文脈がある。したがって、この問題について、なぜ公共の場における漫画・アニメ表象は失敗するのか? という問いの立て方をすると、失敗してしまうだろう。

女性表象批判は難しい?

 では何が問題なのだろうか。ネットの議論をみていると、とにかく批判派と擁護派の双方の認識の断絶が目立つ。ポスターの巨乳表現への批判をしているのに、それが巨乳それ自体への批判と捉えられてしまうという、奇怪な現象も起こっている。  こうしたことから、表象における女性の客体化についてのフェミニズムの問題意識は難解であり、したがって世間一般に浸透していないことが問題なのではないか、と主張する人も多い。また、セーフな表現とアウトな表現の基準が不明確であり、万人に共有されるような明快さがないことから、このような混乱やとまどいが起きているのではないか、と主張する人もいる。  しかし、これについても筆者はそうか? と思う。女性自らが行う主体的な表現と、女性を客体的に扱う表現の違いを理解し区別するのは、そんなに難しいことなのだろうか? 筆者も一応オタクを自認しているので、女性を客体化する表現を消費していないとは言わない。しかしだからといって、女性を客体化する表現が問題であるということが理解できなくなるわけではないし、可能な限りの折り合いをつけていく必要があると思う。まして、自分が眼差す対象と他者の存在そのものを混同させたりはしない。  もちろん、ポスターへの批判をする者の中に、巨乳自体がおかしいと不用意に発言する者がいたとするならば、それは個別的に批判されなければならない。だが、白人が顔を黒塗りにして、唇を分厚くするメイクをするブラックフェイス・パフォーマンスを人種差別として批判することが、実際に肌の色が黒に近く唇の分厚い黒人を差別していることにはならないのと同様に、2次元表現における性的なコードによって特徴づけられて描かれた巨乳イラストを問題にすることは、けして巨乳差別ではない。単純なことだ。これを理解させるために、何千字にもわたって弁を尽くさなければならないとは思えない。  さらに、明確な基準がなければ、人は漫画・アニメ表象について、セーフな表現とアウトな表現を区別できないのだろうか? 筆者はこれも違うと思う。年間で、公共における漫画・アニメ表象が問題になってバズるのは、せいぜい数件。前述したように、公共と漫画・アニメとの、ほとんどのコラボレーション、ほとんどの企画は、「炎上」せずに済んでいるのだ。  もちろん、実際はアウトなのに、フェミニストに「発見」されていないだけの表象や、ジェンダーのことなど何も考えていなかったが、たまたまセーフだった表象もあるだろう。だがそれでも、ほとんどの表象については、関係者はセーフなものを選択できている。つまり、きちんと区別をしようとしさえすれば、人は表象を区別できる。区別できないぐらい曖昧な表象についていえば、その都度考えれば事足りる話だ。厳密な基準にこだわる意味はない。
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ポスターを擁護する側の不誠実な「否認」
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