ひらがなが読めるといって、文意を理解するわけではない
1.文字と文のレベルのギャップ
回答のあった日本語教師のほとんどが指摘したのが「
ひらがなと文のレベルのギャップ」だ。
「
ひらがなで発信することはいいことだが、レベルが合っていない」、
「ひらがな配信をする
気配りや発想は評価できるが、平仮名しか読めない人が、この文を理解できるかは、大きく疑問」
「文字を読む力」と「読解力」は違う。文字の読み方が分かっても、「文の意味」を理解できなければ、災害時においてはその効果は薄い。
今回のNHKのツイートで見ると、ひらがなしか読めないほどのレベルの外国人が、「あふれる」や「くずれる」、「~かもしれない」、「~そうです」などの単語や文法を知っていることはほとんどない。
差し迫った状況下、ひらがなレベルの日本語能力で伝えられる情報は、ごく限られてしまうのである。
2.誤訳が生じる
同音異義語の多い日本語の場合、
ひらがなにすると誤訳の発生率が高くなる。
日本語は、我々が思う以上に難しい。日本人ならば、文脈や手前の助詞で容易に読めるひらがな文でも、日本語弱者の外国人の場合、大いに混乱することがある。
「だんぼーる は きのう いっしょ に いった ところ に あります(行った・言った)」、
「といれ は 1かい です (1階・1回)」
などがいい例だ。
また、外国人が漢字を苦手とする一方、
翻訳機やアプリはひらがな文に弱く、こちらも誤訳する確率が高くなる。
実際、今回の
NHKのひらがな文を、複数の英語・韓国語サイトで訳してみたところ、やはり誤訳が大変多く、日英訳では、「あめ」を「飴(candy)」、「ゆうがたから」の「たから」の部分を「宝(treasure)と訳したり、日韓訳でも「かわ」を「皮(가죽)、「かわ や(川や)」は「トイレ:厠(화장실)」と訳されていた。
それでも今回のNHKのツイートには、「よんでください」の案内の下にリンク(
NEWS WEB EASY)が貼られてあり、そこへ飛ぶと、ふりがな付きの漢字の文章とイラストが掲載されていた。
さらにはスローテンポで流れる音声や、難しい単語には、説明がポップアップするようにまでなっており、外国人にとっては大変有意義な情報になったと言える。
単語をタップすると説明ボックスがポップアップされるNHKの外国人用サイト
このサイトを読んだ日本語中上級レベルのベトナム人の元教え子は、「
絵があってすごく読みやすい」、初中級のカナダ人の友人は、「危険が差し迫っている際はやはり英語版を見るが、避難した後にじっくり読むにはいい」と話していた。
また、現役教師からは、こんな指摘も聞かれた。
「自分の上級クラスの人たちは、当日、
スマホにいきなり送られてきた警報や速報に驚いたとのこと。彼らは、その内容を理解できる日本語力をもっており問題なしでしたが、これらの内容は、
初級の人たちにとっては全く理解できない日本人向けで、『やさしい』版は添えられていなかったようです」
外国人が年々増加する中、今後、こうしたメディアからの発信だけに限らず、我々の日々の生活においても、外国人とコミュニケーションを取るべき機会は増えてくるだろう。
実際、街中では、外国人に「分かる?」「買った?」「ない」「行こう」などというカジュアルな言葉を使って案内しようとする人を見る。
言葉を短くし、端的に話せば彼らが理解しやすくなるだろうと、敢えてそう話している人もいるだろうが、これはむしろ逆で、初級の日本語学習者には、敬体(ですます調)で話した方が通じやすい。
現在の日本語教育では、動詞の形の変化が少ない「分かりますか?」「買いましたか?」「ありません」「行きましょう」といった敬体をベースに日本語が教えられていることが多いからだ。
巷では、「日本に来たなら日本語くらい理解しろ」といった声もよく聞くが、今回の台風やNHKのひらがな発信をきっかけに、
「外国人への日本語での伝え方」を一度考えてみるのも、1つの減災につながるのかもしれない。
<取材・文/橋本愛喜>
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『
トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは
@AikiHashimoto