世界70カ国で蔓延する政治家・政党による「ネット世論操作」。それらを支援する企業の存在

ネット世論操作産業の提供する「サービス」

 さらに、前掲の「3つの業務」について、どのようなサービスを提供するかを説明しよう。 1 拡散ビジネス=拡散、支援、関連するツール、サービスの提供  アカウント販売、ボット、トロール、サイボーグ運用、ホームグロウンリクルーティング&育成、サイト運用(メッセージを発信するサイトからローカルニュースサイト、ネットショップなど一見無関係のサイト運用までさまざま)、広告出稿(フェイスブック、グーグルなどに広告を出稿する)などの活動を行う。なお、ホームグロウンとは、ネット世論操作を仕掛ける相手の地元あるいは組織に所属する人間を指し、それらを感化、洗脳し、手先として使う作戦が行われている。この産業については、すでにいくつかレポートが公開されてじょじょにわかってきている。  前出の『The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organized Social Media Manipulation』によるとメッセージの発信、拡散を受託している私企業および個人や団体が存在する国の数は39カ国(私企業27カ国+市民とインフルエンサー20カ国、そこから重複を除いた)で、その企業および個人の数は53以上である。このレポートがカバーしているのは拡散ビジネスなので、少なくとも世界39カ国で拡散ビジネスを展開している企業がのべ53以上存在すると言える。  参入企業の事例の一部(この表では主に世界を対象に市場展開している企業)は次の表のような感じになる。字が細かくて申し訳ないが、これでも氷山の一角であり、全てをあげるとキリがないほど参入数が多いことを認識していただければ幸いである。 世界を市場にしたネット世論操作産業事例1世界を市場にしたネット世論操作産業事例2

個人用から国家用まで多岐にわたる「監視ツール」

2 監視ビジネス=発言、投稿の監視、検閲、抑制、ネットのシャットダウン、ツールの提供  ツール提供、監視システム提供、SNS分析システム提供、監視&検閲代行、スパイウェアの販売、スパイウェアの配布&運用などが上げられる。  監視ツールは個人でも購入可能な手軽なものから政府が導入するような大規模運用可能なものまでさまざまなものが存在し、その数は増えている。大規模な運用が可能なものでは情報漏洩事件で有名になったGammaグループやHacking Teamなどが有名である(参照:『犯罪「事前」捜査』角川新書)。近年はイスラエルのテック企業「NSOグループ」のスパイウェアが、人権侵害を行う複数の政府によって利用されていることが暴かれた(参照:カナダのトロント大学にある学際機関「Citizen Lab」のレポート『Reckless 』シリーズ、最新は2019年3月20日)。  個人向けの監視ツールも広く世に出回っており、これらが社会の監視に用いられることもある。 『Smartphones Are Used To Stalk, Control Domestic Abuse Victim』(Aati Shahani, 2014年9月15日, NPR)よると、アメリカの団体が国内72の家庭内暴力シェルターを調査したところ、85%の被害者がGPSで追跡されていた。また、『Spying Inc.』(DanielleKeats Citron, 2015,Washington and Lee L Rev)によれば、アメリカの家庭内暴力センターは加害者が被害者のコンピュータ利用を監視しており、54%はスマホにスパイウェアをインストールしていた。  これらの監視ツールは家庭内暴力だけではなく、さまざまな用途に用いることが可能で、テロリストが攻撃対象を監視するために用いることもできる。これらのアプリと産業については、Citizenlabの『The Predator in Your Pocket A Multidisciplinary Assessment of the Stalkerware Application Industry』(2019年6月12日)にくわしい。  こうした個人向けアプリ(FlexiSpy)に手を加えたものを監視ツールベンダが使っていることをHacking Teamの元従業員が暴露している。なお、FlexiSpyのメーカーは2012年からOEM販売を開始している。Hacking TeamもFlexiSpyやmSpyといった安価な個人向けアプリを購入して研究していたことも明かされている。政府が使用する監視ソフトも個人が利用するスパイウェアもシームレスにつながっている(参照:『犯罪「事前」捜査』角川新書)  さらに細かい内訳もある。国連人権高等弁務官事務所の『Report of the Special Rapporteur to the Human Rights Council on surveillance and human rights』では監視ツールをスパイウェア(Gammaグループなど)、モバイルハッキング(NSOグループなど)、ソーシャルエンジニアリング、ネットワーク監視(ロシアの監視システム提供企業Proteiなど)、顔認識(HUAWEIなど)、IMSIキャッチャー(Stingrayなど)、Deep Packet Inspectionの7つの分野に分けている。 ネット世論操作とビジネス  次回は、これらの市場をリードするZTEとHUAWEI、2つの中国企業について焦点を当ててみたい。 ◆シリーズ連載/ネット世論操作と民主主義 <文/一田和樹>
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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