被害収まらぬ中飛び交う「ダム翼賛論」が間違いである理由

災害規模被害状況不明にもかかわらず飛び交った翼賛デマゴギー

 10/12日の夕方頃から、関東一円で多数のダムが緊急放流=ただし書き操作=異常洪水時防災操作を行うという緊急報道がなされはじめました。それと同時に毎度毎度の「ダムに感謝しろ」「異常洪水時防災操作は、避難の時間を稼いでくれる感謝しろ」「ダムは無謬」という典型的な人命を著しく危険にさらす嘘が流布されはじめました。  さらには、完成直後の八ッ場(やんば)ダムが偶然空っぽで、一夜にして満水になったという報道をもとに「八ッ場ダム最高!八ッ場ダムはガンダムだ」という赤面もののデマゴギーが蔓延りました。なかには、「八ッ坂ダム」だの「八ッ橋ダム」などと言う正体不明の怖そうだったり美味しそうなダムまで現れています。  私はこういう連中を「ダムスキー・デマゴーグ」と命名しています。自室でダムカレー食ってダムカードを千回擦って満足していれば無害なものを、何を嬉々として翼賛デマゴーグになるのか私には理解できません。

緊急放流(ただし書き操作)は、河川計画の破綻

 まずダムの緊急放流(ただし書き操作)とはなんでしょうか。豪雨によってダム上流の河川水位が上がると、ダムは流量調節によって下流の増水を抑止し、ダム湖に水をためます。ダム湖が満水になる前に増水が収まればダムの洪水調節は成功し、洪水は起こりません。また、降雨が収まれば、ダムはダム湖の水位を下げるための放水を行います。これがダムの洪水調節機能です。だいたい多くは中規模の洪水までは対処できます*が、一方で小規模の洪水では、堤防治水で十分です。 <*ダムのハードウェア、ソフトウェアの設計によっては、大洪水にも対処できるが、設計を超える洪水には耐えられない>  しかし、洪水調節中にダム湖が満水になると、そのままでは水はダムの堤体を越水し、ダムは電装系などの破壊によって操作不能となり最悪の場合にはダムは崩壊し、鉄砲水で下流を壊滅させます。下流にダムがある場合は、連鎖ダム崩壊を起こして万単位の犠牲が出る可能性もあります。  これを避ける為に、ダム湖が満水になり、流入水量の減少も見込めない場合、ダムは緊急放流=ただし書き操作をはじめます。ただし書き操作では、流入量と放流量が等しくなるように放流しますので、簡単に言えば、ただし書き操作に入った時点でダムは存在しない状態となると考えれば良いです*。 <*実際には、県営ダムなど自治体運営のダムでは、ただし書き操作であってもできるだけ流量を下げる努力をする傾向がある。また、ただし書き操作になるような状況でもぎりぎりまでマニュアル外の操作でただし書き操作を回避する傾向がある。代表例としては2018年7月7日豪雨や2014年8月3日豪雨における高知県営鏡ダムが有名**で「神職員」が居るとまで噂される> <** 豪雨の中で鏡ダム越流をギリギリ回避した高知県職員 放流量を巧みに操作2014/08/05高知新聞>  ただし書き操作は、ダムが治水機能を失うことを意味し、ダムは「ダムを守る」ことに専念します。国交省が「異常洪水時防災操作(ただし書き操作)は下流を守る為に行う」と常に釈明しますが、この正確な意味は、「ダムを守ることによってダム崩壊を阻止し、結果として下流が鉄砲水で万単位の犠牲を出すことを回避する」という意味です。  従って、ただし書き操作は、基本的に「下流が大洪水で人が死のうと町が沈もうと、ダムのみを守る。」という事を意味します。勿論、ダム崩壊が起きれば鉄砲水で何もかも押し流されて後には何も残りませんから、ただし書き操作を行うこと自体は、きわめて正しいのです。  ダムは、設計をこえる洪水には対処できず、治水機能を短時間で失います。結果として下流には急激な大洪水が押し寄せて町も何もかも沈み人が死にますが、それは仕方ないのです。ダムとはそういったものです。  このダムの限界について、国交省は当然知っていますし、ダム管理事務所の職員もただし書き操作をすれば何が起こるかは熟知しています。しかし、多くは中規模の洪水を抑止するというダムの機能の代償として、設計を超える大洪水の時にはダムが治水機能を失い、突然大洪水が起こるというダムの本質的限界について国交省は殆ど説明せず、ダムの意義すら無い小規模洪水について「赫々たる戦果」を広報し続けています。これが「ヒノマルダムPA」という「ヒノマルゲンパツPA」(Japan’s Voo-doo Nuclear Public Acceptance :JVNPA)と同じ詐術です。  ダムの下流に居る人は、ダムの緊急放流=ただし書き操作を行うという緊急報道がなされたら、直ちに6m以上の高所(場合によっては10m以上の高所)に避難をはじめる必要があります。ダムの緊急放流(ただし書き操作)というものはそれほどまでの緊急事態を意味します。実際、12日から13日にかけての緊急放流を予告する報道の中には、きわめて緊迫した状態を訴えるものが多々ありました。  肱川大水害では、ダム下流域80kmの沿線住民には、このきわめて重要な「ダムの限界」が全く共有されていませんでした。これが長年にわたる「ヒノマルダムPA」最悪の成果です。説明会では、御用学者達によるお手盛りの「有識者会合」を根拠として「知らない方がおかしい」「住民の心構えが足りない」と解釈するほかない、とんでもない暴言が国交省側から幾度も飛び出し、市民の怒りの火に油を注ぎました。  勿論、ただし書き操作に入っても下流が持ちこたえることは多々あります。しかし、ただし書き操作は河川計画(治水計画)の破綻を意味しており、まさに運任せの状態です。この運任せがダム災害という結果となったのが昨年の2018年7月7日西日本大水害です。筆者は、このうち肱川大水害について現在も取材を継続しており、HBOLにてその実態を報告しています。  こういうまさに人命の関わるときになると、「ダムスキー・デマゴーグ」が跋扈し、醜悪なダム・デマゴギーを垂れ流しはじめます。まさに殺人風説者です。  ただし書き操作は、それによって市民に甚大な犠牲を強いる結果となることが自明であっても、さらなる大規模な大災害を避ける為、ダムを守る為に行わなければならないという点で原子炉過酷事故における「ベント」ときわめて酷似しています。  福島核災害においても「ベント」に追い込まれ、しかも失敗して爆発したり破裂した原子炉について「感謝しろ」、「良くやった」、「馬鹿は黙ってろ」という暴言が匿名の「ヒノマルゲンパツ酷死(こくし)」様達や、ごく一部ではあれ業界関係者によって大量に流布されましたが、「ただし書き操作」という多数の人命に関わる切迫した緊急事態において垂れ流されたデマゴギーも同等に深刻であり、「ダムスキー・デマゴーグ」も「ヒノマルゲンパツ酷死」同等に醜悪で有害です。  10月14日に報じられたところによると、同時多発的にただし書き操作に陥った関東一円の6カ所ダムは、事前の放流による水位低下を行っていなかったとのことです*。これは多目的ダムの治水ダムとしての運用上の致命的な欠陥を意味します。ダムの治水機能と利水機能は、本質的に相反する矛盾した存在で、事前放流の失敗による異常高水(たかみず)や渇水(かっすい)はこれまでにも数限りなく生じてきたことです。 <*ダム緊急放流、水位調節は実施されず 国交省、対応調査へ2019/10/14 神奈川新聞  これは、現場の国交省技官に無意味かつ過大な負担となっています。矛盾し、合理性から著しく乖離した長年の極端なダム偏重治水行政による宿痾です。そのうち自殺者を出しかねない、このような愚劣で歪んだ前例踏襲政策からは脱却せねばなりません。
ダムの洪水調節機能

ダムの洪水調節機能
一般にこの図がダムPA(Public Acceptance)で用いられる
平成30年7月豪雨について(国交省)より

2018年7月7日肱川大水害における野村ダムの運用記録

2018年7月7日肱川大水害における野村ダムの運用記録
赤線が実際の放流量。 
野村町から鹿野川ダム湖まで、「ダム鉄砲水」が押し寄せ、住民が逃げる間もなく5mを超える浸水となり、野村ダム下流80km全域が3〜8mの浸水に見舞われた。
平成30年7月豪雨について(国交省)より

2018年7月7日肱川大水害における鹿野川ダムの運用記録

2018年7月7日肱川大水害における鹿野川ダムの運用記録
赤線が実際の放流量。
鹿野川ダム直下から河口の長浜町まで「ダム津波」が押し寄せ、3〜5mの浸水となった。大洲市五郎高台の住民によると、「水の壁」が上流から押し寄せる一部始終が見え、まさに「ダム津波」であったとのこと。
野村ダム下流80km全域が3〜8mの浸水に見舞われた。
平成30年7月豪雨について(国交省)より

 ここまでで災害に便乗して現れた多種多様なデマゴギーのうち、特に人命に関わるものを一つ取りあげました。  次回は、残り二つの災害便乗デマゴギーである、「八ッ場ダム無双論」と「定番・常連、スーパー堤防デマゴギー」をご紹介します。 ◆『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』~超緊急特集・2019年台風一九号(Hagibis)による水害について1 <取材・文・図版/牧田寛>
Twitter ID:@BB45_Colorado まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題について、そして2020年4月からは新型コロナウィルス・パンデミックについてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中
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