学校に通いたい……教室に充満する過剰な「香り」で化学物質過敏症に苦しむ女子高校生

急増する患者、手を打たない国

 今年9月16日、東京で日本臨床環境医学会の市民公開講座が開催され、高知県の医療法人高幡会大西病院の小倉英郎院長が化学物質過敏症患者に関する調査結果を報告した。  報告によれば2010年9月から2018年9月の8年間に同院を受診した1歳から15歳までの患者24名のうち、ほぼ三分の一の29.2%が発症の契機となった化学物質として衣類の洗剤・柔軟剤をあげている。  調査対象となった8年間のうち半数の12名は、2016年以降に受診している。つまり少なくとも大西病院ではそのころに患者が急増したということだ。  マイクロカプセル技術を使用した高残香性の柔軟剤が日本で売り出されたのは2010年。徐々にブームになり、ここ数年はどこもかしこも合成香料の香りが漂うようになった。すすぎ1回でエコというふれこみの合成洗剤も、次々と売り出されている。もともとすすぎ回数の少ない柔軟剤ともども、さまざまな成分が衣類に残留し、空気中に拡散あるいは皮膚から吸収されていることは想像に難くない。  化学物質過敏症を発症・重症化して、学校に通いたくても通えない子どもが一体全国にどれほどいるのだろうか。文部科学省はそれすら調べようとしていない。「病態(病気の様子の意)がわからず病気としての定義ができないため、正確な調査ができない、だから調査はしない」というのが文部科学省の考え方だ。  また、子どもの教育を受ける権利を蹂躙しながら平然と有害物質を売り続ける企業に対し、厚生労働省も環境省も消費者庁も何ら対策を取ろうとしない。柔軟剤などの香り成分で化学物質過敏症を発症するという証拠がないというのがその理由だ。すでに国内外に香料成分の有害性を示す研究論文が多数存在するにもかかわらず、それらを見ようともしないのだ。

「原因物質がわからない限り何もなそうとしない行政」

 あの水俣病の惨禍を招いたのも、行政のそうした姿勢だった。かつて熊本大学医学部で水俣病の原因究明と被害者救済に力を尽くした故原田正純氏は、その著書『水俣病』(岩波書店 1972年)の中で、次のように行政を批判している。少し長いが、以下に引用する。 ”昭和三十二年二月二十六日第二回の水俣病医学研究報告会が開かれ、厚生省や、さきに述べた公衆衛生院の共同研究の結果、それまでにわかった事実に基づいて水俣湾内の漁獲を禁止する必要があると結論されたにもかかわらず、原因物質が決定できないために漁獲を禁止する法的根拠がなかった。(中略)  これよりさき、三十一年十二月に、熊大の喜田村教授*が、よそから持ってきて短期間水俣湾内で飼育した魚や、短期間湾内に生息する回遊魚が、いずれもすみやかに毒性を帯びるという事実をつきとめ、これによって恐るべき湾内の毒性を証明したにもかかわらず、これらの研究はまったく行政には無視されたのである。原因は排水中の物質であることはわかっていても、これが原因物質だというものをとり出して突きつけないと、責任をとろうとしない企業と、いかに危険だとわかっていても、原因物質がわからない限り、なにもなそうとしない行政の姿が、はっきりここで現われている。これらこそ、公害を発生させ、拡大していく元凶なのである。” <*熊本大学水俣病研究班のメンバーの一人である喜田村正次教授>  大袈裟でもなんでもなく、今また同じことが繰り返されている。今度の被害者は全国民だ。香りの愛好者も香りの被害者も、等しくその害を被るからだ。  一日も早くなんとかしなければ、被害者は増える一方、そしてすでに発症した人たちの回復は妨げられる一方だ。行政もマスコミも、いつまで素知らぬ顔をし続けるつもりなのだろうか。 <取材・文/鶴田由紀>
フリーライター。1963年横浜に生まれる。1986年青山学院大学経済学部経済学科卒業。1988年青山学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。著書に『巨大風車はいらない原発もいらない―もうエネルギー政策にダマされないで!』(アットワークス)、訳書に『香りブームに異議あり』(緑風出版)など
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