加納穂子さんと土くん
実際、「家族であるかどうか」なんて問いは、どうでもいいのだ。子ども自身が自分の育てられた環境を「悪くない場所」「憎めない関係」と感じていることがすべてだろう。
どんな生育環境が心地よいのかを判断する権利は子ども自身にあり、親にも「保育人」にもないのだから。子育ての良し悪しを判断できるのは、親でも世間でも子育ての専門家でもなく、育てられた子ども自身なのだから。
それが理解できると、育てる大人が自分だけ子育ての重責をしょい込もうとすること自体がおかしなことに見えてくる。同時に、父母だけに親権を独占させ、「あなたたちの子でしょ。夫婦で何とかしなさい」と世間から指弾される根拠になっている民法も、制度疲労を起こしていることに気づくだろう。
だから筆者は、親権という重すぎる責任を父母に独占させず、誰もが親権者になれる制度(親権シェア)へ更新する議論を始めたいと思う。
何人でも親権者になれれば、子どもは両親に虐待されそうになっても産みの親以外の親権者に安心して頼れる。親の方も、子育てにかかる時間・お金・労力のコストを3人以上の親権者で分担できるので、第2子も産みやすくなる。
「沈没」どころか、少子化に歯止めをかけるのにも、面前DVや密室育児による子ども虐待を防ぐためにも、好都合な新制度になるはずだ。
親も家族も保育人も、子どもにとっては「育ち」を助ける期間限定の機能にすぎない。その期間を過ぎても、子どもが自発的に付き合っていきたいと思えるだけの関係を作れるかどうかこそが、大人に問われている。
2人だけで育てるのが辛かったら、ブログやSNSなどで「共同保育」に参加したい若者たちを公募できる時代だ。
面接して選考すれば、一時的に子どもを預けられる人は見つかるし、同時に2人以上が子どもの面倒を見ていれば、切実に困るようなことは起きようがない。シェアハウスやUR賃貸などなら、住みながら心を許せる若者を建物内で探せるかもしれない。
映画『沈没家族 劇場版』は、そうしたワクワクする選択肢さえ考えさせる作品だ。
恐れることはない。子どもが満足するならどんな選択肢も正解だし、子育てという実験には「唯一の正解」などないのだから。
上野千鶴子(社会学者/東京大学名誉教授)さんは、本作をこう評している。
「『産んでくれてありがとう』は子から親への最高の贈り物。生まれてきて生きづらさを訴える子どもたちが多いなかで、愛されて育った土さんの自己肯定がまぶしい。母親の穂子さんのキャラクターも強烈だが、それ以上にみごとな子離れ・親離れの物語になっていることに感動。この春亡くなられた祖母の加納実紀代さんは、作品を見て『娘と孫を誇りに思う』とことばを残して逝かれたとか。間に合ってよかった。リスペクトしあう家族。惜しみなく口にすればよい」
<取材・文/今一生>
フリーライター&書籍編集者。
1997年、『日本一醜い親への手紙』3部作をCreate Media名義で企画・編集し、「アダルトチルドレン」ブームを牽引。1999年、被虐待児童とDV妻が経済的かつ合法的に自立できる本『完全家出マニュアル』を発表。そこで造語した「プチ家出」は流行語に。
その後、社会的課題をビジネスの手法で解決するソーシャルビジネスの取材を続け、2007年に東京大学で自主ゼミの講師に招かれる。2011年3月11日以後は、日本財団など全国各地でソーシャルデザインに関する講演を精力的に行う。
著書に、『よのなかを変える技術14歳からのソーシャルデザイン入門』(河出書房新社)など多数。最新刊は、『日本一醜い親への手紙そんな親なら捨てちゃえば?』(dZERO)。