次にコミュニケーション不足や誤解、社長自身の発言の真意についてです。
会見中何度も登場した象徴的な場面を読み解きます。その場面とは、6月24日、吉本の事務所に集まったタレントらと事務所スタッフらとが今後の対応を話し合っていた中で、途中入室した社長がタレントらにテープで記録しているかと言い、その席で、謝罪会見を禁止し、会見したら全員連帯責任でクビにするという発言をしたというところです。
この場面の描写において岡本社長は、「テープとってんちゃう?」「クビにする」という発言は「冗談」であったと説明し、一方、その場にいた宮迫・亮氏らは、その言葉を本気であったと認識し、双方に認識の齟齬が生じています。
この一連のセリフが冗談であったと弁明する社長の顔には、
口角が引き上げられる幸福表情が浮かびます。(【A】
1:14:55~/【B】
29:22)。
口角を上げる「幸福表情」 (産経ニュースチャンネルより)
この幸福表情の意味は、様々に考えられます。
自らの言い訳に無理があり、苦笑しているのかも知れません。
あるいは、
自分では上手く言い訳できたと思い、騙す喜びが生じたのかも知れません。
はたまた、そのときの
シリアスな場面で自分の冗談が全く受けなかったことが可笑しく思え、思い出し笑いをしているのかも知れませんし、冗談を言ったときの再現を表情でしたのかも知れません。この会見場面だけでは幸福の意味を特定出来ません。しかし、追及する価値のある瞬間です。
冗談を真実であるとみなして考えてみます。
仮に冗談であったとしても、それは冗談として受け取られないでしょう。ミーティングで今後の対応を話し合っていたタレントらは、謝罪会見をしたいと会社に申し出た者もいたとのことです。自らが起こした不祥事に恥や罪悪感を抱いていたからでしょう。
恥や罪悪感を抱いている人は、謝罪や償いなどの向社会的行動をしたいという衝動に駆られるのです。タレントらは真摯に謝罪する方策を考えていたことでしょう。
そうしたシリアスな場面で、
「お前ら(この発言)テープとってんちゃうやろな。」「会見を開いたらクビや。」という発言がなされれば、それは重い言葉として捉えるのが普通です。余程、明示的に「冗談だと」説明されない限り、それを冗談と受け止めることはムリでしょう。
一例として、宮迫及び亮、両氏の会見でもこのやり取りは再現され、社長の「おまえらテープ回してないやろな」という発言に宮迫氏は「回していません。そんなことするわけありません。」と答えたと述べています(【C】
3:56~)。
この宮迫氏の真面目な返答に対し、社長から「冗談やないか。」と言ったような空気を和ませるような言動があったという証言はありません。この流れの中で「会見を開いたらクビ」という発言に続きます。
こうして、会見=謝罪の場と考えているタレントらにとっては、自らの罪を説明し、償いの意を表明する機会が奪われたと感じ、反発を覚えていったのだと考えられます。
もちろん、会社としては、調査をしっかりして会見の準備を整えたかったということですが、それを正しく当該タレントらに伝えられなかったことが今回の問題に発展していったのだと考えられます。
ところで、この「テープ」「クビ」発言は、「テープ」は冗談だと弁明していますが、「クビ」発言は岡本社長の怒りの発露であった様子が伺えます。
この「クビ」発言も一見、「テープ」発言と混然一体となり、冗談の説明の中に組み込まれているように錯覚しますが、よく聞くと、岡本社長はこのミーティングの場にいたタレントらが思い思いの勝手な発言をし、一向に解決に向かわない煮え切らない様子であったことを述べています。
また、宮迫氏らが最初は「金銭を受け取っていない」というウソの申し出を会社にしていたことも相まって、岡本社長がイライラしていた可能性が十分に考えられます。
この「クビ」発言を岡本社長は、「父親が息子に『もうお前、勘当や』みたいなつもりというか、『もうええ加減にせい』っていう感じ」と説明し、身内の者に接するような気持だったと言います。
この説明と「会見するならクビ」という条件付きの発言を重ねることで、この「クビ」発言は、岡本社長の真の激怒の現われであった可能性が考えられます。
どこまで本気で「クビ」にしようと考えていたかはわかりませんが、
タレントは会社の意向に沿うべきという想いがあったのでしょう。
以上の「クビ」発言は一つの仮説ですが、この仮説が正しければ、この場面とこの一連のセリフが合わさることで、
圧力やパワハラと解釈し得る状況が成立します。ゆえに真の怒りではなく、「冗談」や「身内に発するような激励の一種」であったということにしたのかも知れません。
私たちは感情的になると思わず、抑制していたホンネや本意でもないことすら口走ってしまいます。
また、相手の感情に対する無理解は、相手の発言の真意を誤解したり、こちらが正しいタイミングで本意を伝えられないことにつながります。
今回の騒動は、吉本側とタレント側とに感情の行き違いがあったのだと思います。面倒くさがらず、相手は理解しないだろうと諦めず、自分の行為や発言がどんな想いに基づいているのかをしっかりと説明し合えたならば、ここまで問題は大きくならなかったでしょう。
「雨降って地固まる」ことを、多くの吉本芸人さんから元気をもらっている一人のファンとして、願っています。
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。