今回の要求は、ある意味、働き手にとって当たり前のものばかりだ。就職氷河期世代の正社員化は政府の政策課題にさえなっている。保育園の確保は「女性活躍」の基礎だ。それらの要求行為が犯罪となるかもしれない状況が起きているとすれば、他人事ではないはずだ。問題は、にもかかわらず一般の論議が極めて低調なことだ。理由のひとつはSNSやマスメディアなどのあり方にある。
「関西生コン事件」でネットを検索すると、人権問題にかかわってきた野党議員や反差別の社会運動団体などと関係づける形での労組攻撃が上位に並ぶ。「なんだか怖いこと」という印象だけが残り、それが人々を遠ざける。外国籍住民に対するヘイトスピーチに似た手法だ。
マスメディアでも、「なんだか怖いこと」の印象のせいか、報道が少ない。あっても京都新聞の例のように、警察発表がそのまま引用され、労働三権との関係での妥当性などを検証したものは、ほぼ皆無だ。日本では被疑者との接見が難しく、第一報は警察発表に依存するしかない。加えて、そうした一報をその後、検証し直す習慣も根付いていない。結局、裁判で無罪判決が出ない限り、被疑者側の事情は伝わりにくい。
労働権についての教育がほとんどされていない中、マスメディアも解説機能を果たせていないことが、論議をすくませている。
こうした日本社会の閉塞状態を乗り越えようと、同労組は8日、国連人権理事会に提訴し、労働三権の侵害による恣意的な拘禁として、これを解除するよう日本政府に勧告することを求めた。
9月には、国際運輸労連(ITU)や国際建設林業労働組合連盟(BWI)を招き、シンポジウムも計画している。東京五輪の建設現場での立ち入り調査報告書をまとめたBWIの活動などを紹介し、コンプライアンス活動は国際的には通常の労組活動であり、恐喝とは異なるものであることについて、日本社会の理解を図る考えだ。
国内でも、労働三権に詳しい労働法専門家、労働ジャーナリスト、弁護士などによる「関西生コンを支援する会」が、東京や東海地区で結成され、支援に乗り出し始めている。「恐喝」「強要」と「労使交渉」とは何が違うのか。これらの混同で何が起こりうるのか、混同を防ぐには何が必要なのか。一連の事件は、私たちがこうした論議を深め、変わる労働市場の中での働く権利を確立し直す時がきていることを、示している。
<文/竹信三恵子>
たけのぶみえこ●ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、和光大学現代人間学部教授などを経て2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「正社員消滅」(朝日新書)、「企業ファースト化する日本~虚妄の働き方改革を問う」(岩波書店)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。