次に、菊池さんの主張
(b) 現在福島県で行われている甲状腺検査は、進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうだけであり、害だけがある。
に移ります。
この主張は、菊池さんの論理の前提になっている、「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」(上1ページ目第三パラグラフ)に基づくものであることはいうまでもありません。放射線影響によって実際に小児甲状腺がんが増えているなら、それは「進行の遅いがん」ではないし、早期発見することにメリットがない、と断言できるものではないからです。
もっとも、では、科学的方法とかけはなれた解析が行われている現在の甲状腺検査を現在のやり方で続けていて大丈夫なのか、という問題は別にあり、これはきちんと検討されなければなりません。実際、2巡目目以降の数値にはいってこない甲状腺がん患者が既に10人以上いる等、検査の体制自体に基本的な問題があることが明らかになっています。
ここまでの議論からは、「即刻中止するべき」という論理の前提になっている。
a) 「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」
b) 甲状腺検査は受診者の利益のためではなく科学のために行われている
c) 甲状腺検査は、進行の遅いがん発見してしまうだけであり、害だけがある
という主張はいずれも問題があり、
a’) 甲状腺評価部会は科学をねじまげて「放射線影響はない」と結論しており、これは逆に「放射線影響がある」と示唆するものになってしまっている。
b’) 甲状腺検査はそもそも科学をねじまげて「放射線影響はない」と結論するために行われている(なので「受診者の利益のためではなく」は正しい)
c’) 放射線影響があるなら、甲状腺検査は(ちゃんと正しい方法で)行われるべきである
ということになります。つまり、「即刻中止するべき」ではなく、今までのやり方、データ解析の方法、今後の進めかたを全て科学的に再検討するべき、ということなのです。
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@jun_makino
まきの じゅんいちろう●神戸大学教授、理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクト副プロジェクトリーダー・学術博士。国立天文台教授、東京工業大学教授等を経て現職。専門は、計算天体物理学、計算惑星学、数値計算法、数値計算向け計算機アーキテクチャ等。著書は「
シミュレーション天文学」(共編、日本評論社)等専門書の他「
原発事故と科学的方法」「
被曝評価と科学的方法」(岩波書店)