自民党本部配布冊子報道にみる、報道のあるべき役割とは
今、自民党本部が所属国会議員に対して「フェイク情報が蝕(むしば)むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識」と題した誹謗中傷に満ちた冊子を配布したことが問題になっている。(参照:
“<参院選 くらしデモクラシー> 自民、物議醸す 演説参考資料”|東京新聞2019年6月28日)
TBSテレビの
「news23」は、7月3日の党首討論で小川彩佳キャスターがその冊子を紹介し、アンカーの星浩が「総理、これ、国会議員に20部ずつ、配られている。ご覧になったことは、ありますか」と問うた。
それに対し、安倍首相は、
「まあ、党本部ですね、いろんな冊子を配ってますが、私、いちいちそれは、見ておりませんので、まったく知らないんですが、(野党が)無責任だということでは、無責任だと思いますよ。例えば立憲民主党と言いながらですね・・・」
と、自衛隊に対する見解が異なる立憲民主党と日本共産党が組むことへの疑問へと、話を強引にそらした。
それに対し、その冊子で憤激した犬のような似顔絵で描かれた志位和夫・日本共産党委員長は、
「人格を貶めるようなものを平気で作る。そして、出しているところは、テラスプレスっていうんですか? 出所不明ですよ。ね、安倍さんね、出所不明の文書を、自民党の本部として国会議員に配るんですか? これはね、これ一点をとってもね、選挙を本当にまじめにやる資格がないって言われてもしょうがないですよ」
と、批判した。しかしなお安倍首相は、
「先ほど申し上げましたように、私、読んでないですから。反論のしようがないんです。そんな似顔絵よりも、中身について・・・」
と、また話を強引にそらした。
ハフポスト日本版がこの冊子を取り上げたのは6月25日だ。その記事(
“自民党本部が国会議員に配った謎の冊子が波紋。「演説や説明会用に渡された」と議員事務所”)に書かれているように、自民党本部は、ハフポスト日本版の取材に対し、党本部から国会議員へ送付したことを認めている。
自民党本部が国会議員に配布し、その内容が問題になっている冊子について、
自民党総裁である安倍首相が7月3日になっても「見ておりません」「まったく知らない」「読んでないんですから。反論のしようがないんです」と言い逃れるのは、あまりにも無責任だ。
その無責任さを浮き彫りにした
TBS「news 23」の功績は大きい。さらにTBSは、その時の番組でのやり取りを、TBSのホームページで動画で
公開している。有権者が知るべき情報を番組終了後にも提供している、その姿勢を評価したい。
この「news 23」でのやり取りについて、
朝日新聞は事実関係を淡々と報じている。7月3日の朝日新聞デジタルの有料記事
「首相「いちいち見ていない」 自民配布「演説用資料」に」では、この冊子をめぐる安倍首相と志位和夫・日本共産党委員長、玉木雄一郎・国民民主党代表、松井一郎・日本維新の会代表の番組でのコメントをそれぞれ伝えている。
しかし、紙面記事と思われる7月4日の有料記事
「野党批判の冊子、首相「見てない」」では、「党本部がいろんな冊子を配っているが、いちいち見ていない」との安倍首相の発言を伝えているだけで、志位委員長や玉木代表、松井代表のコメントは省略されており、
デジタル版記事よりも問題が見えにくい記事となっている。
毎日新聞(電子版)はハフポスト日本版や東京新聞よりも早い6月22日の時点で「
沖縄地元紙を「偏向」…自民が運営元不詳の冊子を議員配布「説得力ある内容」 /沖縄」との琉球新報の記事の転載で、この冊子の問題を報じ始めた。
6月29日には
毎日新聞(電子版)の【大場伸也/統合デジタル取材センター】が、
「自民党本部が国会議員に配った冊子に物議「まるでネトウヨ」 首相を礼賛、他党やメディア徹底非難」との詳しい記事を出し、五十嵐仁・法政大名誉教授とジャーナリストの江川紹子氏のコメントを掲載している。二人の識者はいずれも冊子について批判的な見解を表明している。この記事では
「賛否」を識者のコメントして並べて「バランス」を取るようなことは、していない。
そして7月4日の
毎日新聞(電子版)
「自民の野党批判冊子 首相「見てない」 野党は抗議「大人げない」」では、朝日新聞デジタルの7月3日の記事と同様に、TBSテレビ「news23」での冊子をめぐるやり取りを、枝野代表・志位委員長・玉木代表・松井代表の4名の番組中の批判コメントに触れる形で報じている。
このように比較していくと、
朝日新聞の立ち位置に危うさを感じる。
野党を不当に嘲笑することによって、権力を維持しようとする。そういう傾向がこれからの参院選に向けた選挙運動の中でも、強まろうとしている。その傾向に対し、
事実と正当な批判によって「否」を突き付け、論点が適切に議論される環境を整えることこそ、新聞報道のあるべき役割だろう。政権与党による野党への中傷に、朝日新聞が加担するようなことは、あってはならない。朝日新聞には、筋を通した報道を堅持していただきたい。
(注)なお、今回の記事を執筆した松田京平・政治部次長は、2017年10月25日には、衆院選の結果を受けたオピニオン記事
「(問う 選択のあとで:上)無競争、政党政治の危機」において、民進党と希望の党をめぐる混迷した事態の顛末を振り返りつつ、こう記していた。
”安倍政権の5年間に不満や疑問を持つ国民は多い。強い野党が出現し、緊張感のある国会論戦によって、政権をチェックし、暴走を止める。その実績を積み重ねてこそ、幻想が現実へと変わり、「次の政権」の選択肢たりうる。議席を伸ばした立憲民主党も、すぐに自民党に代わる政権政党になれるわけではないし、すぐにめざすべきでもない。
まして野党が政権を助ける補完勢力に堕すのなら、先はない。かつて第三極を標榜(ひょうぼう)した政党が、ことごとく政権に近づいては瓦解(がかい)した。維新が議席を減らし、希望が苦戦したのは、有権者がそうしたにおいをかぎとったからではないか。”
私もその見解に同意する。性急に「まとまる」ことをめざすことは、かえって混乱をもたらしかねない。その中で野党4党1会派と市民連合は、5月29日に政策協定調印式に臨み、政策についての合意形成と参議院1人区での候補者の一本化を進めてきた(参照:
市民連合)。
地道な形で、野党4党1会派の合意形成は進んできている。そのことにこそ報道は、目を向けていただきたい。