仏像などを抱えて火渡りをする
日本人の渡航先として人気のタイは、観光だけでなく在住者も多く、外務省が毎年発表する在外公館で把握している日本人の数が、日本以外では世界で4番目に多い国になる。
近年はネットやSNSの発達でブロガーや動画配信者も多数暮らしているので、情報収集が好きな日本人は、むしろタイ人よりも多くの新スポットを発信している。
情報配信で収益を得ている人はとにかく誰よりも先に新しいネタを掴もうと必死で、出不精な筆者になるとどんなにがんばっても後追いの情報ばかりになってしまい、誰も知らないことに出会うことはほとんどない。そんな中、バンコク都民ですらほとんど知らない、一種の「奇祭」があると聞き、バンコクの西側寄りにあるいわゆる旧市街と呼ばれる地域に行ってみた。
結局のところ、この祭りの情報も日本人からいただいたものだ。2018年6月のこと。バンコクに拠点を置いて活動する舞台演出家の篠田千明さんから、バンコク旧市街にあるベトナム寺院で自傷行為をしながら練り歩くパレードと火渡りの儀式があると教えてもらった。
タイの奇祭、そして自傷行為といえば、旧暦の9月に行われる「ヴェジタリアン・フェスティバル」は日本でもよく知られたお祭りだが、それはプーケットで開かれるもの。こちらは、バンコク旧市街地である。
しかし、バンコク生まれバンコク育ちのタイ人に訊いても、誰もそんな祭りを知らないほどレアなイベントである。
そんな中、ちょうど1年が経ち、またその「奇祭」が開催されるということで、2019年6月15日、筆者はそのベトナム寺院に向かった。
タイ王国は日本の皇室に相当する王室があり、現在の国王は10代目になる。1782年から今に続くチャクリー王朝は、当初はチャオプラヤ河の近辺が中心地だった。観光スポットでいえば「エメラルド寺院」や涅槃像やタイ古式マッサージの学校で知られる「ワット・ポー」などがある辺りだ。
バンコクの旧市街と新市街を分ける運河
この旧市街はいくつかの運河に防壁の代わりとして囲まれている。その外側の運河沿いにあるのが「白い橋のベトナム寺院」を意味する「ワット・ユアン・サパーンカーウ」だ。正式名称「ワット・サマナーナム・ボリハーン」は現王朝3代目の時代、1800年代半ばに建立され、1906年に今の名称に変更された。
ベトナム寺院と呼ばれるのは、ベトナム人の僧侶が建立したからだ。タイの上座部仏教は東南アジアの中でもかなりしっかりと管理されているとされる。多民族国家であり、移民流入も多かったタイにはベトナムからの移民もあり、その移民と一緒にやってきた仏教僧侶にタイはアナム・ニガーイという派閥を与えて活動を認めた。アナムとユアンは同じ意味で、すなわちベトナムあるいはベトナム人を指す。
この寺院にいたバウアーン住職は瞑想の名人で、霊魂との交信ができるとされていた。住職は研究熱心で、輪廻から解脱する方法は霊魂との交信だと信じていたという。1946年、住職は大勢の人の前で交霊儀式を行い有名になる。そして、1948年、タイ北部のナコンサワン県のある儀式に呼ばれ、それを自分の寺にも取り入れた。
この儀式では熱心な信者に神が降臨し、鉄串を頬や体中に刺したり、真っ赤になった炭の上を歩く火渡りを行う。今もこのベトナム寺院では毎年6月に同じことが行われているのだ。