ビリー以前は「エンパワメント(前向きソング)」が主流
ビリー・アイリッシュの歌詞が注目を浴びやすかった理由には、その背景に、それまでのポップ・ミュージックにおけるリリックのトレンドがあったためだ。それは、女性アーティストたちによる「エンパワメント」、つまり「前向きソング」が圧倒的に主流だったためだ。
そのルーツを辿っていくと、古くはマドンナあたりまで遡る話ではあるのだが、本格的に流行り始めたのはここ10年ほど。火をつけたのはビヨンセだろう。彼女はデスティニーズ・チャイルドの時代から「インディペンデント・ウーマン(独立した女)」と、20歳そこそこの年齢で見せる、女性の誇りを体現していたが、ソロに転向後には、そうした従来のフェミニズムに加えて、黒人の公民権運動の意識が加わってきたために、メッセージがより力強くなっている。
その意識は、たとえば‘10年前後がまだ「一人で生きる女性、手をあげて」(『Single Ladies』)、「世を動かしていくのは私(女)たち」(『Run The World』)という鼓舞の仕方から、目下のところの最新作『Lemonade』では「この鎖を自分で断ち切って見せる。自由を地獄で腐らせないために」(『Freedom』)という、フェミニズムも含んだ、より普遍的、社会的な人間の自由と解放を訴えるものに進化した。
現在、彼女の昨年のコーチェラ・フェスティヴァルのライヴ・ドキュメンタリー『Homecoming』が「黒人の誇り高きアート」の次元で大絶賛されているがそれも「さもありなん」だ。
今夏来日のアーティストが歌うフェミニスト・アンセム
このビヨンセ以降も、たとえばレディ・ガガだったり、ケイティ・ペリーだったり、テイラー・スウィフトなりに、この「エンパワメント」の系譜はしっかり見て取れ、この手法はすっかり音楽シーンのメインストリームになっている。
今年のフジロックでは、そんな「エンパワメント・ソング」の代表アーティストの一人であるシーアがヘッドライナーを飾る。オーストラリア出身のシンガーソングライターである彼女は、‘10年代にまずデヴィッド・ゲッタなどのEDM系プロデューサーのフィーチャリング・シンガーとして注目されたが、
人前では姿を見せない謎めいたキャラクターでも知られている。ただ、その、かなりのテクニックを必要とする圧倒的な音域を誇る歌唱力、そして、聴くものに勇気を与える歌詞でも人気だ。
そんな彼女の最大の代表曲が、前述のゲッタへの客演で知られる『Titanium』。「あなたが機関銃のように私を批判しようとも、倒れたりしない。だって私は金属製(弾なんて通させやしない)」と歌われるこの曲はこの時代の大きなフェミニスト・アンセムとなった。