普及著しいAI表情解析技術の展望。実用化までに超えるべきハードルとは

複数の意味を持つ顔面筋をどう解釈するか?

 こうしたアプリケーションの精度を考慮すると、現時点では、AI表情解析を、厳密な表情変化が重要な意味を持つ分析―例えば、精神疾患の判定やウソ検知など―に使うことは望ましくなく、大まかな感情を計測するような分析―例えば、集会やライブ会場などにいる聴衆の全体的な感情傾向の把握や広告・映画・商品などを見ている集団の感情平均値の把握、個人の表情でも明確でわかりやすい感情把握など―に使うことが望ましいと言えるでしょう。  次にアプリケーションの検出結果の解釈についてです。  各メーカーのアプリケーションの検出結果を見ると、「眉が引き下げられる」「口角が引き下げられる」「下唇が引き上げられる」などの個々の顔面筋の動きの検出結果とそれらのコンビネーションが意味する感情の検出結果が表示されます。  しかし、通常は前者の検出結果のみを見るでしょう。例えば、各商品の説明を聞いているお客さんの感情と購入との相関に興味があるとき、個々の顔面筋の動きではなく、コンビネーションの結果にあたる感情の検出結果のみを見ると思います。  商品を購入したお客さんの感情の結果を見ると、幸福60%、悲しみ20%、怒り20%となっていたしましょう。幸福はストレートな解釈が出来そうですが、悲しみと怒りの意味はよくわかりません。  これは現在のアプリケーションが個々の顔面筋の動きのコンビネーションを万国共通の7感情―幸福・軽蔑・嫌悪・怒り・悲しみ・恐怖・驚き―に自動分類してしまうことに起因します。

顔面筋の動きにはさまざまな意味合いがある

 例えば、怒り表情を構成する理論的な顔面筋の動きは、「眉が引き下げられる」「目が見開かれる」「まぶたに力が入れられる」「唇がプレスされる」のコンビネーションです。それぞれの顔面筋の動きの有無と強度とのコンビネーションによって、怒りの%が決まります。「眉が引き下げられる」動きだけ生じれば、怒りが数%と検出結果に表示されるでしょう。  ここに解釈の問題が生じます。顔面筋には、複数の意味を持つものがあり、それは単一の意味に帰することが出来ません。 「眉が引き下げられる」動きは、怒り以外にも熟考があります。「目が見開かれる」動きは、怒り、驚き、恐怖を構成する一部です。「唇がプレスされる」動きは、怒りの一部、熟考、感情抑制などがあります。  個々の顔面筋の意味に関する知識があれば、7感情に分類された検出結果ではなく、個々の顔面筋の分析結果を見て、7感情以外の認知的な機能を持つ顔面筋の動きを特定することが出来るでしょう。  このようなアプリケーションの解釈の問題を考えると、表情解析から何を知りたいかによって、感情心理学や個々の顔面筋の意味に関する知識、とりわけFACSを用いた先行研究からAU・ADの意味をどれだけ深く知る必要があるかが変わるでしょう。また、表情解析技術だけでなく、声紋や身体動作分析と合わせて解析し、感情解釈の精度を向上させる必要があるでしょう。  現在、様々な企業がAI表情解析の開発や利用可能性を模索しています。本日紹介してきたような表情理論の知識や見解を理解し、血の通った様々な感情経験を経ることで、有効なアプリケーションを開発し、活用することが出来るようになるでしょう。 参考文献 Ekman, P., & Friesen, W. V. (1978). Facial action coding system: A technique for the measurement of facial movement. Palo Alto, CA: Consulting Psychologists Press. Ekman, P., Friesen W.V., & Hager J. C. (2002). Facial action coding system: The manual. Salt Lake City, UT: Research Nexus. Lewinski, P., den Uyl, T. M., & Butler, C. (2014). Automated facial coding: Validation of basic emotions and FACS AUs in FaceReader. Journal of Neuroscience, Psychology, and Economics, 7(4), 227-236. http://dx.doi.org/10.1037/npe0000028 【清水建二】 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
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