『島耕作』から『キングダム』へ 引き継がれるビジネス漫画の松明<「サラリーマン文化時評」#9>

 中国の春秋戦国時代を舞台とした長編歴史ファンタジー漫画『キングダム』。発行部数は累計4000万部を超えたという。今月公開された実写版映画は、個人的には原作漫画を超えるものではなかったという感想だったけれど、長澤まさみが演じる山民族の女王に関しては200%肯定したい。山の民だけの日常系スピンオフとか作ってほしい。

現代ビジネスマンの心を掴む『キングダム』

筆者撮影

 この『キングダム』、サラリーマンやベンチャー界隈の間では、仕事の極意が学べるビジネス漫画としても人気が高く、本作をビジネス書に見立てた広告キャンペーンが昨年話題になったことも記憶に新しい。  物語は、後に秦の始皇帝となる若き王・政(せい)と、天下の大将軍を目指す雑兵の信(しん)という、2人の少年の成長が軸となる。「中華統一」という大きなビジョンを掲げ、世界をよりよく変えようとする政。「飛信隊」という自分の小隊を大きく育てていく信。立場は違えど、どちらもゼロから大仕事を成し遂げようとする野心家であり、起業家マインドと共鳴するのもよくわかる。  ビジネス書として読まれる漫画といえば、これまでは『島耕作』シリーズの独断場だった。特に平成初期の頃は、「島耕作みたいになりたい」と語るサラリーマンが会社に溢れていた。ビジネスマンの世代交代が急速に進むなかで、漫画に描かれる生き方や働き方の世代交代も大きく変わりつつあるようだ。

『キングダム』と『島耕作』の分岐点

『キングダム』と島耕作の最大の違いは、主人公の「ビジョン」の有無だ。政も信も、中華統一や大将軍という「ありたき姿=長期的に目指す状態」の設定を初期段階に行っている。ビジョン・ドリブンの大きな成長シナリオを描き、そこに向かって現在やるべきことを逆算して行動している、というわけだ。  一方で、島耕作は基本的に行き当たりばったりのサラリーマンライフを送ってきた。入社面接でも「御社の経営理念に共感して……」などと凡庸なことしか言えず、「社長になりたい」とか「トップ宣伝マンになりたい」といったビジョンは無いまま、人事異動に流され、受動的にキャリアを積み重ねている。  島耕作=団塊世代の時代は、右肩上がりの経済に後押しされて会社が成長し、終身雇用に守られ、年功序列で誰でもある程度まで出世することができた。そうした安定の時代においては、積み重ね型のフォアキャストで会社にキャリアアップを委ねたほうが、身の丈を超えたビジョンを描くよりもリアリティがあったのだと思う。  しかし、現在のように終身雇用と年功序列が崩壊し、あらゆるものが不確実で予測不能の時代では、ひとつの会社にキャリアを依存することは命取りになりかねない。どんな未来を目指したいか、何をやるべきかという自分自身のビジョンを設定し、バックキャストでキャリアを考える必要がある今の時代に『キングダム』が島耕作より共感されるのは明白だ。
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古い労働倫理があっても人気があるワケ
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