最低賃金2000円以上が可能な経済学的な理由<ゼロから始める経済学・第4回>

1500円の最低賃金は本当に高すぎるのか?

 日本の多くの人は、「雇われて働かなければ生きていくことができない」という非常に危うい状況に置かれています。働かない者に対する社会保障が根本的に弱い。この意味で国民は、生存権を常に脅かされているといえます。まずなによりも、このような人間の生存条件に対する社会的保障が必要です。最低賃金は、国民の生存権を根底から支えるものではなく、あくまでも雇われて働いている人に限った保障にすぎません。きわめて控えめな要求です。  もう一度、結論を述べましょう。  最低賃金1500円は支払えるし、筆者は2000円以上とすべきと考える。  根拠は2つ。[1]労働者は1500円以上の生産を行っている。[2]搾取率が高くなっている。  一つ目の根拠は、平均的な日本の労働者は1時間当たり約4000円を生産している、という事実です。いま厳密な額を算定することに大した意味はないので、だいたい4000円くらいと理解しておいてもらえればそれでよいです。考え方を知りたい方は、伊藤誠氏の『資本主義経済の理論』(岩波書店、1989年)を参照してください。  日本の労働者は、1時間当たり約4000円を生産して、平均的な会社員はその中から2400円くらいを受け取っている計算です。  そして、本稿が問題にするのは、労働力の単価のみです。資本主義的生産にとって重要なのは、利益の額ではなくて、投資の効率です。この「資本主義の効率性原則」のもとでは、労働者の賃金も単価ベースで評価される必要があります。  ラフな計算ですが、企業の取り分の1600円と労働者の取り分の2400円の比率をとると、約66%になります。もっとも、賃金を決定する原理はないので、理論的には1円~4000円の幅で決まればよいといえます。  いま最低賃金が1500円に設定されたとすると、労働者は1時間当たり1500円の賃金を受け取り、2500円の利益を企業に提供していることになります。この場合の搾取率は166%です。労働者と会社の分け前で見れば、1500円の最低賃金は穏当な要求だといえます。労働者を5人以上雇用しているにもかかわらず、時給1500円を支払うことができない企業は、「資本主義的生産の利益」を十分引き出していないといって差し支えないでしょう。  時給2000円でだいたいイーブン、それでも会社員の平均時給よりも安いのです。

右肩上がりの日本の搾取率

 企業が、「資本主義的生産の利益」を受け取ることを「搾取」といいます。「搾取」の考え方はすっかり廃れてしまいましたが、経済学的に反証(間違っていることが証明)されたことがない、という意味で頑健な命題です。(*筆者注)  さきほどの4000円は概算でしたので、もう少ししっかりと搾取率の計算をしてみます。すると、搾取率が1975年以降右肩上がりで、近年は高止まりしていることが分かります。搾取率の上昇は、企業のバランスシートにも利益剰余金のかたちで現れています。賃金の支払余力は十分あるといってよいでしょう。そして、最低賃金の引き上げは「デフレからの脱却」という社会目標にも貢献します。

搾取率 ©2019 Tsuyoshi YUKI(『財政金融統計月報』から筆者作成)

 搾取率は戦後の日本経済の悲しい歴史を物語っています。1974年春闘での大幅な賃上げによって、企業の儲けがなくなっています。これを教訓に経営者は搾取率の回復と引き上げの努力を続けてきました。労働者はこの流れをまったく押し返すことができていません。  いま賃金を上げることは必要です。しかし、無限の賃上げは不可能です。搾取率が0%となるか、時給4000円となるところで天井に突き当たります。  連合(日本労働組合総連合会)のような労働組合は、賃金の天井を忖度し、常に遠慮がちな交渉を続けてきました。それは賃金を上げたあとの展望が欠けているからです。しかし、「雇われて働かなければ生きていくことができない」、この社会の根本的な不安の原因に向き合う必要があるのです。  こういう話をするとさまざまな反論が予想されます。しかし、そうした反論の多くは誤解に基づいています。近日公開予定の記事では、誤解を排し、古い価値観にとらわれずに考えることを提案します。 (*注)「ほんとかよ」と思われるかもしれませんね。「搾取」に対する従来の批判が反証になっていないことは、多くの読者の興味を引かないローカルな話題だと思います。しかし、「搾取なんて古くさい考え方は間違っている」と思われたままでは話を聞いてもらえないでしょうから、念のため2つの反論を紹介します。 「搾取」に対する代表的な反論に「一般化された搾取定理」があります。しかし、雇用の問題を考えたいときに、「人間が米を搾取している」のようなかたちで搾取論を「一般化」してしまっては、分析対象がぼやけます。詳細は、『これからの経済原論』(泉正樹、江原慶、柴崎慎也、結城剛志による共著)をご覧ください。  また、ジェンダー論からの批判もあります。こちらは独自に問題を設定し直し、搾取論の枠組みを使って性差の問題を考えようとしているものなので、「搾取」を反証しているわけではありません。 <文/結城剛志(ゆうきつよし)> 埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
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