相次ぐ強姦の無罪判決に怒りの声。報道を読んだだけで感情的に熱狂する世論の危うさも

「道義上の悪いことと犯罪であることは別」

 インターネットで無罪判決への批判が広がり、裁判長がつるし上げられる……。こうした事態を憂慮する声が、法曹界から多く出ている。田岡・佐藤法律事務所(香川県丸亀市)の佐藤倫子弁護士もその一人だ。 「性犯罪に対し、怒る気持ちはわかります。もちろん私も性犯罪は許せない。しかし感情論に流されてはいけないと思います。刑事裁判は、検察官が裁判官に判断を求めた『いつ、どこで、誰が、何をした』という具体的な公訴事実について、その事実があったのか、あったとして犯罪に当たるかどうかを判断するものです。検察官が公訴事実について充分に立証ができなければ、罪には問えません。その公訴事実について有罪になったり無罪になったりすることと、被告人が道義上の悪いことをしたかどうかは別なのです。  たとえば、仮に、父親が娘と継続性交渉をもっていたとしても、その全てを当然に罪に問えるわけではありません。  刑罰は人の自由を奪い、殺すことさえできる究極の暴力装置です。そのため、有罪判決を下すには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の、高度の立証がなされなければなりません。  検察官は、たくさんあった性交渉のうち『いつどこで誰が何をどのようにした』と具体的に解明ができ、犯罪にあたると判断した特定の性交について裁判所に起訴し、裁判官は、起訴されたこの特定の性交が存在したのか、それが犯罪に当たるかどうかを証拠に基づいて判断します」

報道を読んだだけで判断するのは危険

「そして、無罪、すなわち『犯罪にはあたらない』との裁判官の判断の是非は、報道を読んだだけでは決して分からない。報道自体、判決のほんの一部を切り取っただけであり、その事件の奥にどんな事情があったのかは分かりません。どのような証拠が提出されたのかも分かりません。極端なことを言えば、判決文全文を読んだからといって、無罪が正しかったのか分からない可能性は十分にあります。  また、もし無罪になったとしても、それは、検察官の主張した特定の性交について刑事罰に問えないというだけのことです。継続的な性交渉があれば、一連の行為はもちろん性的虐待であり、決して許されないことです。民事的にはもちろん違法でしょう。被害者は、父親に対して民事の損害賠償請求をすることができます。民事裁判における立証のハードルは、刑事のそれよりもずっと低いです」  裁判官がつるし上げられていることに対しても、「裁判官が委縮し、冷静な判断ができなくなったらどうするのでしょうか。とにかく落ち着いてほしい」と呼びかけていた。 <取材・文/HBO取材班>
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