さて、『技術書典』というイベントについて書いてきたが、技術系同人誌がなぜこれほどまでに注目されているのか、背景を書こう。
商業出版では、通常数千部発行しなければビジネスとして成立しない。しかし、技術系同人誌は、数10部や数100部から本を作ることができる。
数10部から数100部という、商業出版では成立しないゾーン。その数しか見込めないが、欲しい人は確実にいるという情報が、世の中には存在する。
技術系同人誌は、商業出版では成立しない、ニッチな情報を提供することができる。そのため、これまで商業出版にはならなかった、狭い範囲でしか共有されていなかった情報が、本の形で入手可能になる。
情報技術系書籍特有の事情もある。IT系の情報は、絶えずアップデートされているために陳腐化しやすい。私自身も何冊か商業ベースで技術書を書いているが、販売してすぐに環境が変わるために、増刷の際は全面改定したりしていた。同人誌なら、タイムラグを気にせず書くことができる。1ヶ月前に書き始めて、イベントで販売することも可能だ。
また、同人誌であれば、価格やページ数を自由に設定できるので、様々なボリュームや内容の本を作成できる。商業誌では「何ページ以上ないと本としては……」といった内容でも同人誌なら出せる。
積極的に本を作ってもらうために『技術書典』では、同人誌の作り方のノウハウを提供したり、本の執筆・作成のための講座を開催したりしている。
そうしたこともあり、前回の『技術書典5』では、参加サークルのアンケートで、「執筆は初めてだった」というサークルが43%という数字になっていた。また「技術書典から執筆を始めた」というサークルも35.8%になっていた。
『技術書典6』の出展サークルは、以下のサークルリストのページから閲覧できる。
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技術書典6 | サークルリスト | 技術書典
注目すべき点は「ス01~10」のスポンサーブースだ。イベントに出資している会社の中には、会社や有志で同人誌を出しているところも多い。技術者が欲しがるような技術系同人誌を作れる会社なら入ってみたい。そう思うIT技術者も多いはずだ。単純に本を売るというだけでなく、自社の仕事や技術力のアピールにもなる。
それ以外のサークルには、大手から零細サークル、出版社や企業など様々な出展者がいる。リストを見れば、企業参加のサークルが多いことに気が付くと思う。IT技術者や企業の情報発信の場として『技術書典』が認知されていることが分かるだろう。
以下、サークルリストの中から、特徴的な単語を、色々と拾ってみる。
IT系の業界にいれば興味がある単語が多いのではないか。逆にそうでない人は、意味不明の呪文のように感じるかもしれない。IT系の人でも、初見の単語があるかもしれず、技術系同人誌の奥深さを感じられるだろう。単語に興味がなければ、ざっと流してスクロールするとよい。
「AWS」「アナログコンピュータ」「ゲームボーイのカセット」「PlayStation Classicハック」「同人ハードウェア」「ESP32」「Arduino」「Raspberry Pi」「Rust」「ニキシー管電源設計」「ファミリーコンピュータ技術」「プリント基板」「自作スピーカー」「自作キーボード」「FlashAir」「シェルスクリプト」「自作ルータ」「obniz」「Erlang」「メモリアロケーター」「プロセススケジューラ」「自作OS」「Qt」「Docker」「Ruby」「jQuery」「Kubernetes」「Helm」「showKs」「VMWare」「RTMP」「3Dプリンタ」「ロボット制御」「M5Stack」「高専ロボコン」「セキュリティ」「OAuth2.0」「ハニーポット」「バイナリ解析」「OWASP ZAP」「ActiveDefence」「Azure」「Google AppEngine」「Go」「radare2」「CircleCI」「Amazon DynamoDB」「Python」「フーリエ変換」「画像認識」「放射線測定器」「DAISY」「Nginx」「OpenFOAM」「ParaView」「IME改造」「C++」「TrueTypeフォント」「Office Open XML」「機械学習」「深層学習」「Google Colaboratory」「LaTeX」「ClutTeX」「SVG」「PostScript手書き」「Word数式」「JavaScript」「OculusGo」「Markdown」「InDesingn」「Vivliostyle」「Live2D」「データ視覚化」「Xamarin」「Kotlin」「React Native」「Nuxt.js」「Angular」「AmazonEcho」「GatsbyJS」「mruby」「SQL」「netlify」「vue.js」「firebase」「Electron」「TypeScript」「Optuna」「LLVM」「PWA」「GoogleMapsPlatform」「CSS」「Chromeデベロッパーツール」「Stencil.JS」「PlantUML」「PHP」「GraphQL」「SDSoC」「Monaca」「Swift」「Unity」「Defold」「VTuver」「WebXR」「VR」「micro:bit」「Excel」「R」「Suica」「LISP」「Kuin」「Egison」「CLIP」「ラムダ計算」「関数型プログラミング」「Mathematica」「Julia」「量子コンピュータ」「PRML」「TensorFlow」
プログラミング言語やライブラリだけでなく、様々な技術やハードウェアの名前が並んでいるのが分かるだろう。
最後に、私自身も
『るてんのお部屋』(け45)として参加しているので、頒布予定の16種類の本の中から、IT系同人誌のタイトルだけ抜き出して並べてみる。実用からギャグまで、技術系同人誌という世界が、何でもありなものだと分かると思う。
* ElectronとHTML5で作るGUIアプリ入門 for Windows
* ワールドマップ自動生成読本
* TinyWar アルゴリズムブック JavaScriptのコードで学ぶRTSの処理
* TinySRPG アルゴリズムブック JavaScriptのコードで学ぶシミュレーションRPGの処理
* JavaScriptで 実行時エラーを起こす 100+の技法
* JavaScript:特殊コードゴルフ マニアクス
* Steamゲーム販売参戦記
* HTML5+NW.jsで同人ゲームを作る基礎知識 for Windows
* 形態素解析器kuromoji.jsで遊ぶ 文章分割 読み所得 から マルコフ連鎖まで
* Google Chrome ユーザーデータ自動軽量化Book
* ARToolKitを使わずにARマーカーの認識をフルスクラッチで作る方法
<文/柳井政和>
やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『
裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『
レトロゲームファクトリー』。