そしてまた先月、国連人権理事会でミャンマー人権決議が採択されたが、またもや
37か国という圧倒的多数の賛成に対し、日本は棄権にまわった。
ミャンマー政府を非難する国連決議に圧倒的多数の国が賛成しても、なぜ日本は毎回消極的に立ちすくんでしまうのか? そして、なぜ世界でもっとも危険に晒されている人びとを守ることを犠牲にしてまで、ミャンマーの政府と軍の機嫌を取ってしまうのか?
ミャンマーの政治的・経済的パートナーという日本の立場を中国政府に奪われないためだ、と正当化する政府関係者や政治家は少なくない。たしかに日本政府は国連決議に棄権したが、中国は反対だったじゃないか……。つまり、日本は中国ほど酷くないという声まで聞こえてくる。
日本は40年以上に渡る世界第2位の経済大国の地位を’10年、中国に奪われた。中国のこの経済力は、外交力に反映されている。公共投資や民間投資、それに世界各地の強権的政権への支援などの形で。そして
日本は、この中国の外交力に対抗するため、人権侵害をものともしない強権的政権を受け入れてしまっているのだ。
ミャンマー政府とミャンマー国軍は一貫してロヒンギャに対する残虐行為の存在を否定しており、公式の委員会を何度も設立しては同様の結論を出すということを繰り返してきた。もっとも新しい委員会は、昨年7月に設立された、ロヒンギャに対する残虐行為の調査のための(独立性に疑問のある)「独立調査委員会」だ。
また新しい「独立調査委員会」を設立したミャンマー政府の真の意図は、昨年8月29日に明らかにされた。ゾーテイ大統領報道官が、「独立調査委員会」は「国連機関その他の国際団体による偽りの主張に対応する」ために作ったと述べたのである。「独立調査委員会」のロザリオ・マナロ議長も委員会の最初の記者会見でこう述べた。
「誰の責任も問わない、指を差したりもしないことを保証します(I assure you there will be no blaming of anybody, no finger pointing of anybody)」
日本の外務省はこの委員会の設立を大いに歓迎した。そして、委員会のメンバーには外務省の元高官である大島賢三元国連大使までが加わった。外務省は、大島元大使は個人的に委員会に加わったのであって、日本政府は無関係だと主張してはいるが、日本政府がミャンマー政府の虚構に同調し、国際社会の動きからますます乖離していることが国際社会に明らかになっている。国際的メカニズムを設置した昨年9月の国連人権理事会決議に棄権した日本政府の心は、ミャンマー政府やその調査委員会が調査すればいい、ということだったわけだ。
日本政府はかつて、人権、民主主義などの価値を重視する「
価値観外交」を提唱していた。しかし、ロヒンギャ迫害をめぐる日本政府の人権軽視の外交は、「
無価値観外交」と言われても仕方がない。
しかも、この日本の「無価値観外交」が展開されているのはミャンマーだけではない。
フン・セン首相による独裁強化が進むカンボジア、ドゥテルテ大統領が進める残虐な「麻薬撲滅戦争」が進められているフィリピンなど、アジアで広く展開されている。
しかし、中国の台頭が止まらず世界的影響力が増す一方の今日、
日本政府がアジアで仕掛ける「無価値観外交」は、勝ち目のないゲームであることは明らかだ。
迫害された人たちから肝心なときに目を背ける外交、子どもたちに到底真相を語れない道徳観の欠如した外交ーしかも勝ち目のない外交ゲームーは、もうやめるべきだ。
日本は価値観外交を再びしっかり掲げ、世界の圧倒的多数の国々と同様、残虐行為を公に非難し、ロヒンギャの人びとに法の下の正義が必要だとミャンマー政府に圧力をかけなければならない。
<文/笠井哲平 photo by
UK Department for International Development via flickr(CC BY-SA 2.0)>
かさいてっぺい●‘91年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校への留学を経て、’13年Googleに入社。‘14年ロイター通信東京支局にて記者に転身し、「子どもの貧困」や「性暴力問題」をはじめとする社会問題を幅広く取材。‘18年より国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのプログラムオフィサーとして、日本の人権問題の調査や政府への政策提言をおこなっている
かさいてっぺい●’91年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校への留学を経て、’13年Googleに入社。’14年ロイター通信東京支局にて記者に転身し、「子どもの貧困」や「性暴力問題」をはじめとする社会問題を幅広く取材。’18年より国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのプログラムオフィサーとして、日本の人権問題の調査や政府への政策提言をおこなっている