―― かつての明治体制は元老たちがいたからこそ機能したものであり、元老が亡くなった結果、機能不全に陥り、瓦解しました。同じように現在の戦後体制も、この体制を手探りながらも運営してきた戦前・戦中派がいたからこそ機能したのだと思います。彼らが亡くなってしまったため、戦後体制は機能不全に陥ってしまった。そこで、戦後世代が大半を占める安倍内閣は、かつてであれば誰も行わなかったような内閣官房の強大化という手に出たのではないでしょうか。
片山:そういう見方もできると思います。先ほど申した通り、戦後初期には既に吉田茂も官邸主導を模索しており、戦後体制を巧みに運用すれば、現在の安倍内閣のように内閣官房を強大化することはできたはずです。しかし、戦後体制下では、権力を一元化せず、より多元化を保つ方向がよしとされてきたのではないでしょうか。たとえば自民党の派閥もそうですね。
これは戦後の日本が比較的平和だったことも関係していると思います。平和な時代には話し合いと調整の余裕があります。
ところが、現在の日本は違うと多くの人たちが認識している。内閣官房の強大化が受け入れられている理由も、ここにあるのではないでしょうか。つまり、現在の日本は非常時に直面していると捉えられているということです。
実際、日本は中国や朝鮮半島と緊張関係にあり、アメリカの弱体化によって日米安保の継続も問題になっています。北方領土を含む日露問題も喫緊の課題です。さらにテロとの戦いもあれば、南海トラフ地震はいつ起こってもおかしくないと言われています。
安倍総理はこうした危機的状況にうまく対処している。そう信じている国民が一定数居る。そのため、これまでの政治の常識であれば退陣しなければならないような不祥事が起こっても、安倍内閣が非常時に対処していることを理由に、相殺されてしまうのです。平時の感覚なら内閣退陣につながるに十分な不祥事も、国難といった言葉によって切り下げられてしまう。もっと言うと、現内閣は非常時気分を上手に演出することで、延命する術をよく心得ているのです。そこには言わば「官房力」が大きく参与しています。
―― 安倍内閣に対抗するためには、ひとまず権力を分散化するような仕組みを作るしかないと思います。片山さんは新著『新冷戦時代の超克』(新潮新書)で、幕府と朝廷の関係のように、権力の二元化することを提案しています。
片山:将来の理想論としてはいろいろありますが、即効的な処方箋としては、内閣官房と内閣府のコンビネーションによってあまりに強大化して省庁をすっかり委縮させている「官房力」を解体すればよいのです。
しかし、現在の状況を見る限り、そうはなかなかならないでしょう。「官房力」が権力の私物化にのみ使われていると世間が見ればたちまち解体されるはずですが、危機の時代に必要な「非常時権力」として承認されてしまっている。日本だけでなく、アメリカのように自由を大切にしてきた国でさえ、権力の一元化が進み、自由や人権が制限されるようになっているのですから。アメリカはブッシュ政権以来、すでに20年近くテロとの戦いを続けています。ようやく安全になったと思ったころに再びテロが起こり、さらに自由を制限するということが繰り返されています。このまま進めば、テロとの戦いは30年戦争、あるいは100年戦争になるかもしれません。しかもそれは権力一元化の口実という面があるのです。その中で人々は権力から抑圧されることにもっともっと慣れていくでしょう。
これではアメリカが価値観が異なると批判してきた中国やロシアの体制と変わりません。むしろアメリカや日本は、中国やロシアを模倣し、彼らのあとを追いかけているとさえ言えます。これまで政治的には「後進国」と見なされてきた中国やロシアは、実は先端的であり、超近代だったということです。
今ほど、権力の暴走に目を光らせなくてはいけない時代はないと思います。
(3月7日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)
片山杜秀(かたやま・もりひで)●慶応義塾大学教授。昭和38(1963)年、宮城県生まれ。
『
未完のファシズム』(新潮社、司馬遼太郎賞)、『
近代天皇論』(集英社、共著)、『
平成史』(小学館、共著)など著書多数
げっかんにっぽん●Twitter ID=
@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。