「まずは金持ちから豊かになる必要」の嘘 <ゼロから始める経済学・第2回>

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トリクルダウンは成り立たない

 前回はアベノミクスの概要を説明し、経済成長率や物価上昇率のような重要な目標が達成されていないこと、働いて暮らす人びとの生活があまり改善されていないことを説明しました。しかし国民は、民主党政権時代のだらしのない態度に辟易して、いまでも安倍政権に淡い期待を抱いているようです。「信頼できる野党がない」との意見には同情しますが、「だから安倍政権が信頼できる」と考えるのは筋違いです。それはともかく、政権や政党の善し悪しとは別に、政策それ自体の善し悪しを検証する必要があるでしょう。  さて、安倍政権が国民に期待を抱かせる論法のひとつにトリクルダウンがあります。これは、国民が全体的に潤うためには、「まずお金持ちが潤わなければならないんだ」とする不思議な論法です。  トリクルダウンは、いまでも経済学界でほとんど支持されていない珍説といえます。しかし、熱烈なファンがいることも事実です。しかも政策立案の発想に採用されています。「そういうことがあったらいいな」と筆者も思いますが、ロジカルには成り立たちません。メディアではときどき話題にのぼりましたが、この命題の正しさは証明できないので、常識的な経済学の教科書には載っていません。だからトリクルダウンは経済学とはいえません。せいぜい経済についての考え方、もっといえば願望にすぎません。  経済学として論じることもなく、トリクルダウンが「ある」ことを主張する人びとのことをトリクルダウニストとでも呼んでおきましょう。しかし、彼らにおいても、メディアで発言することはあれども、体系的に論じているわけでもないので、アベノミクスのもうひとつのキーワードであるリフレの方がおそらく重要なのでしょう。  最も強力なトリクルダウニストは、内閣官房参与を務めアベノミクスを理論的にリードした浜田宏一氏と日銀副総裁の若田部昌澄氏でしょう。その他にも、飯田泰之氏、田中秀臣氏、片岡剛士氏も有名です。  トリクルダウン効果(trickle-down effect)は、「富が滴り落ちる効果」とか「均霑効果(きんてんこうか)」とかと訳されることからも分かるように、「豊かな人がさらに豊かになると、その人たちの富が貧しい人たちのところに滴り落ちてくる」という仮説です。シャンパンタワーをイメージしてください。豊かな人がグラスの上部に、貧しい人がグラスの下部にいるとします。富の象徴たるシャンパンを上から注ぐと、まず豊かな人のグラスが充たされます。すると、富があふれ出て貧しい人びとのグラスにこぼれ落ちます。こういった効果を、経済政策を通じて引き起こそうというのです。  いろいろとツッコミどころが満載の仮説です。なぜ豊かな人から豊かにしないといけないのか。豊かな人がうわばみでグラスがとても大きかったら、富はそこで止まってしまうことはないのか。シャンパンタワーはあくまでもたとえですから、皆のグラスの大きさが同じだとはいえないでしょう。

株価が上がって、景気の好循環が起きる?

 安倍首相が衆議院予算委員会で明快に語っています。 「株価でありますが、それは一部の人たちだけが利益を得るのではなくて、いわば株が上がっていく、株を持っている人は資産がふえますから、資産効果としては、例えば給料やボーナスが上がったよりも大きな効果があって、これは消費につながるんですね。消費につながって、買い物をすれば、その物をつくっている人にとってはプラスになっていって、その後は、収益が上がった企業が、これは賃金になっていけば、消費から賃金に、こうなっていくわけでありまして、これが景気の好循環であります」(第187回国会 予算委員会 第2号〔平成26年10月3日〕)  この発言でイメージされている豊かな人は株を持っている人ですね。もう少し発言の意味を汲んであげると、株のような資産を持っている人を指します。具体的には、株のような金融資産と土地を持っている資産家が、アベノミクスで念頭に置かれる豊かな人になります。アベノミクスで株価を上げることができれば、企業と資産家が儲かります。儲かった人がお金を遣えば庶民も潤います。単純明快ですね。
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日銀の買いで潤ったのは金融資産家
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