ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに

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New Knowledge社のリポート“The Tactics & Tropes of the Internet Research Agency”で紹介されていたミームの一部

 昨年12月、フェイスブック、インスタグラム、ツイッターおよびグーグル関連会社から提供されたデータをサイバーセキュリティ企業New Knowledge社と、オクスフォード大学のネット世論操作プロジェクト(The Computational Propaganda Project)が分析し、アメリカ上院情報活動特別委員会にレポートを提出した。  このレポートは公開され、さまざまなメディアに取り上げられ、大きな反響を呼んだ。これまでフェイクニュースやネット世論操作の分析は何度も行われてきたが、今回のものは主要SNSプラットフォーム企業がデータを提供したことから従来よりも広範かつ緻密な分析結果が可能となった。  New Knowledge社のレポートの大半はロシアのネット世論操作戦術焦点を当てており、オクスフォード大学のレポートはSNSプラットフォーム統計的な解析を中心に構成されている。相互に補完するような内容であるのも興味深い。 “The Tactics & Tropes of the Internet Research Agency”Renee DiResta, Dr. Kris Shaffer, Becky Ruppel, David Sullivan, Robert Matney, Ryan Fox (New Knowledge)Dr. Jonathan Albright (Tow Center for Digital Journalism, Columbia University)Ben Johnson (Canfield Research, LLC) “The IRA, Social Media and Political Polarization in the United States, 2012-2018”Philip N. Howard, Bharath Ganesh, Dimitra Liotsiou, John Kelly & Camille François,Working Paper 2018.2. Oxford, UK: Project on Computational Propaganda. comprop.oii.ox.ac.uk. 46 pp.  今回の分析の対象はロシアがアメリカ大統領選に対して行ったネット世論操作である。中でもロシアのネット世論操作部隊IRA(インターネット・リサーチ・エージェンシー)と呼ばれる組織に焦点を当てている。なお、ロシアにはIRA以外にもネット世論操作を行うFAN(Federal News Agency)などがある(IRAと同じビルにあり、連携している可能性が高い)。  このふたつのレポートについてくわしい内容を知りたい方は、ぜひ元のレポートを見ていただきたい。無償でネットから入手できる。

Facebook以上に活用されていたインスタグラム

 インスタグラムがフェイスブック以上に活用されていたことや、アメリカ国内在住者のリクルーティングを活発に行っていたことなどが明らかになった点が注目された。また、想像されていた以上に、ロシアのネット世論操作が緻密かつ計画的であり、民間企業のデジタルマーケティングの技法を取り入れた洗練されたものであることもわかった。アメリカ選挙期間よりも以前から文化的に浸食していたことも新しい発見だった。  以下、ふたつのレポートから特に注目すべき点と私が感じた部分をご紹介したい。大きくは7つあるが、このうち「政治的イベント」と「内部対立の種をまく」は詳しい説明は不要と思われるので割愛した。詳細な事例などを確認したい方は原典を読むことをお勧めする。 IRAまとめ・デジタルマーケティング手法 マイクロターゲティング広告  IRAはマイクロターゲティング広告を活用し、人種や年齢、地域を絞った広告を出稿していた。広告はIRAの関係するページに誘導するようになっていた。広告に引っかかった人々は、そのページを訪れるだけでなく、広告に反応して投稿まで行っていた。  多くの場合のターゲットは黒人であることが多く、次いで右(保守)と左(リベラル)となっている。黒人は効果が出やすいというだけでなく、広告料金が安いというメリットもあるという。  性別でターゲッティングした場合の多くは男性がターゲットだった。  年齢ターゲッティングでは、15歳はミーム関連ページ、17歳以上はNRA(全米ライフル協会)とAR-15s(銃の種類)といった憲法の銃権利に関するコンテンツ、45歳以上は司法関連の警察支持と細かくテーマを分けていた。  地域ターゲッティング。地域のイベントや集会をターゲットにするものと、警察官が関係する射撃事件があった際は人種あるいは政治的な問題に結びつけるものがあった。 情報戦略・SNSプラットフォームごとに異なるアプローチとスコープ  今回のレポートではSNSプラットフォームごとに内容やタイミングを変えて展開していたことが明らかになった。たとえば、ツイッターでは複数の言語で活動していたが、フェイスブックは英語のみといった違いがある。  ターゲットについても差異がある。フェイスブック、インスタグラム、ツイッターではさまざまなターゲットを狙っていたが、YouTubeは黒人にフォーカスしていた。  SNSプラットフォームによって作戦開始時期やピークが異なるのも注目すべき点だろう。IRAが英語でアメリカをターゲットにしはじめたのは2013年で、2014年に本格化し、2014年終わりから2015年にかけてピークを迎えた。次いでYouTube、インスタグラム、それからフェイスブックがそれぞれピークを迎えるように時期をずらしている。  2017年にSNSプラットフォーム各社がアカウントの停止などの対処を開始したため、フェイスブック、インスタグラム、YouTubeの活動が急速に低下し、次いでツイッターの活動が低下した。
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地方紙などを利用した「信憑性演出」
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