原子炉を運転すれば、
使用済み核燃料が発生します。近年、東京電力を中心に「
使用済み原子燃料」と読み替えようとする動きがありますが、これは
錯誤型PAの典型手段で、印象の悪くなった言葉を差し替えてごまかそうとするものです。
後発原子力国であり、原子力後進国の日本語ではなく英語では“Spent Nuclear Fuel“であり、日本語でも元来「使用済み核燃料」です。近年では、「使用済み原子燃料」ですら錯誤型PAの効果がなくなり、「
使用済み燃料」という言い換えが始まっています。まるで場末のペテン師ですが、これが極めて特異的な日本における原子力PAのごく一部の実態です。私は、これを「
ヒノマルゲンパツPA」と呼称しています。なお、使用済み核燃料のアクロニムはSFまたはSNFですが、これは原子力業界内の技術用語です。本稿ではSFを用います。
さて、使用済み核燃料(Spent Nuclear Fuel, SNF/SF)は1GWe級のPWR一基で年間平均50~60本(燃料集合体換算)発生します。結果、40年で2000~2500本発生しますが、発生直後のSFは非常に強い崩壊熱を持ち冷却しなければ溶融を起こします。また、SFは100年間にわたり十分な核拡散耐性を持つ強烈な放射線を出します。結果、SFは使用済み核燃料プール(SFP)の中で放射線遮蔽をするとともに冷却されます。
この使用済み核燃料プールは、電力で強制冷却されており、
電力を喪失すると概ね72時間から数週間で沸騰し、開放系での
使用済み核燃料溶融という最悪の事態を起こします。平たく言えば、原子炉容器、格納容器で封印されていないむき出しの状態で起きる原子炉炉心溶融で、しかも水・ジルコニウム反応は一度起こると止められませんので、原子炉数基分の使用済み核燃料が溶融します。
これが福島核災害の際に合衆国が事態を非常に恐れ、ドローンを飛ばし、横田基地から合衆国市民を緊急脱出させた理由です。
福島核災害では、4号炉のSFPが開放系での使用済み核燃料溶融の危機にありましたが、暁光、奇跡、天佑神助といえる全くの偶然で、隣接する水ピットの水密ドア破損により大量の水がSFPに注がれ、事実上の東日本消滅、関東からの3千万人避難=難民化という原子力委員会による最悪想定を免れました。この偶然が無ければ最悪の場合、福島第一、福島第二に加え、大洗、東海村の全原子炉・核施設が連鎖的に溶融、爆発し、箱根以東、津軽海峡以南の東日本は居住不能の核の荒野となっていました。
SFPによる使用済み核燃料の保管は、SFの取り出し、収容が容易である一方で常時電力供給を要し、被曝労働による管理を必須とします。結果、お金がかかるだけで無く、受動安全性(外部からの電力等のエネルギー、人の働きかけがなくても勝手に安全側へ収束すること)がありません。前述の福島核災害におけるSFPの危機は、まさに受動安全性の欠如が根本にありました。もともと原子力開発黎明期において、SF問題については再処理による減容と時間稼ぎで回避出来るという極めて楽観的な見通しで、ごく一時の作業中保管程度の役割であったSFPでの長期保管に依存してきたという経緯があります。
核燃料サイクルは、その経済性の無さ(MOX燃料の価格はウラン燃料の4~10倍、国産では数十倍)と核拡散耐性の消滅によって合衆国は完全に放棄し、英国も今世紀に入り大きな事故を起こして撤退、日本は失敗という有様で、減容化と時間稼ぎは出来なくなっています。現在核燃料サイクルが機能しているのは仏露のみです。
合衆国では、ネバダ州のユッカマウンテン最終処分場でのSF最終処分を前提にワンススルー方式(ウランを再処理せずに一回だけの使い捨てにする使い方で、軽水炉では唯一経済性が認められている)での商用原子力利用が行われてきました。過去30年間に延べ一兆円を超える費用を投じてきたユッカマウンテンの事業は大幅に遅れ、安全性への疑念と、社会的合意が得られていないという理由からオバマ政権によって中止されました。結果、合衆国の原子力発電所にはSFが溢れかえり、高レヴェル廃棄物(HLW)とSFの処分が定まらない限り、新規、延長等の原子炉運転ライセンスは認めないという司法判断もあって、今世紀に入り合衆国では急速にドライキャスクでの乾式貯蔵が普及しています。
合衆国の原子力発電所の航空・衛星写真を見ると、ドライキャスクが露天でずらりと並んでいるのが分かります。(出典:
Main Yankee.com)
解体処理後の原子力発電所跡地に並ぶドライキャスク。メイン・ヤンキー原子力発電所跡地では管理用に特別高圧送電線が二系統義務づけられている (via Main Yankee.com)
このドライキャスクは、合衆国の場合、80年の寿命を持ち、費用は一基あたり数千万円、サイト全体の武装警備費用を含む年間維持費は、メインヤンキーの場合10億円(1ドル=100円換算)です。
合衆国では、このドライキャスクをリージョン(地域)ごとの独立使用済み核燃料貯蔵設備(Independent spent fuel storage installation, ISFSI)で暫定管理する予定でしたが、立地に失敗し、現在は各原子力発電所サイトにISFSIを設置しています。
このISFSIによる暫定管理の実現によって、ユッカマウンテン事業の再開(キャンセルされたがライセンスは維持されている)ないし、新たな候補地での実現まで時間稼ぎをするという建前で、原子力発電所のライセンス問題を回避しています。
ドライキャスクは、非常に場所をとり、目立ち、見てくれも良くないのですが、経済性は抜群に良く、固有安全性も非常に高いために当面のSF保管の決定版と目され、合衆国では爆発的に普及しています。この分野では日本は四半世紀以上遅れていますが、その元凶は大失敗の核燃料サイクル事業により、SFは再処理してなくなるものという建前にしがみついてきたためです。また、SF取り出しが比較的難しいドライキャスクは、核燃料サイクルと相性がたいへんに悪いです。また日本の電力会社にとっては、SFPから10年ほどで再処理工場に送られるSFをわざわざ専用の設備で保管する費用を出す必要がないという理屈がありました。
現在日本の原子力を考えるときには、3G+軽水炉、デコミッション(廃炉)、バックエンド(核廃棄物最終処分)といった21世紀前半における原子力産業三本の柱では日本は25年程度遅れた後進国であることは強く留意すべきです。
少なくとも、ドライキャスクによるSF暫定管理は、21世紀の世界の原子力産業にとって標準的なものであり、合衆国式のコンクリートキャスクではF-16級の小型軍用機の突入まで検討した、安全性に優れたものであると考えて良いです。ただし、日本人は和魂洋才ではありませんが、舶来の優れた技術をゴミにする類い希な能力を持ち、世界の標準が危険なガラクタに化けることは福島核災害が証明しています。従って慎重に事実を元に検証しなければなりません*1。
*1:福島第一1号炉を建設したGEは、非常用発電機と電源系統を二階以上の高所に設置することを提案したが、東京電力は拒絶して地下に設置した。結果、津波による浸水で全電源喪失し、加えて非常用冷却装置(IC)の使い方を知らなかった日本人は、原子炉を爆発させた。
なお、世界ではドライキャスクによる暫定管理が本格的に始まって約30年を超え、キャスク内での燃料破損や漏洩といった問題が発生しており、合衆国ではいろいろな事例が公開されています(参照:
Coast to Coast Spent Fuel Dry Storage Problems and Recommendations, Erica Gray, NRC REG CON 2015, November 18, 2015)。一方で日本では未だに原電東海と東電福島で試験運用段階です。こうしたところもヒノマルゲンパツPAに依拠して福島核災害を起こした原子力後進国日本の大きな違いです。