多重関係の弊害とは、どのように表れるのか。
「患者は精神科医に対してかなり深い悩みを話すことが多く、精神科医はまずは悩みをしっかり聞き、内容を受け止めて理解を示すことから治療を始めます。ですから、患者が医師に依存し恋愛感情を持つことはあります」
患者が治療者に特別な感情を持つ現象は「転移」と呼ばれ、心理職であれば誰もが注意するところだが……。
「精神科医と患者が恋愛関係になった場合、患者は精神科医に過度に依存するようになり、精神科医はそれを重荷に感じて不安定となり突然音信不通となり行方をくらまし、捨てられたと感じて傷ついた患者も自殺を図るという例が実際に起きています。
また、患者の依存を利用して精神科医側が支配的、暴力的となり、その関係に苦しんだ患者の状態が悪化して自殺を図った、という類いのことも起こります」
またアメリカ心理学会(American Psychologist Association)では、一度クライアントとして関わったら2年間はSEXしてはいけないという倫理規定もある。そのくらい、多重関係は治療に害を及ぼすものとみなされているのだ。
ただ、両者は婚約中で、いずれ結婚するためそうしたことも帳消しになるのでは? という意見もあるが、そう単純な話でもないという。
「結婚すること自体は問題はないのですが、有安さんのメンタルケアが今後も必要なのであれば、A医師自身は夫としてのサポートに徹し、別の精神科医に治療を任せることが必要でしょう。交際相手や配偶者の精神症状を冷静かつ客観的に治療すること、患者側も多重関係にある医師と距離感を保って依存しないことは極めて困難です。ですから多くの精神科医は、自身の診療の目が曇らないようにする意味でも、患者と恋愛関係にならないことを意識しています」(岡本氏)
今はまだいいが、万が一、二人が別れた場合は苦難が生じる可能性がある。
「もちろん、お互いにしっかり話し合って納得をして別れることが出来れば問題はありません。しかし、こういうケースではそのような別れ方をすることは少ないです。
先ほどの事例のように、精神科医が患者の依存に耐えきれなくなって関係が破綻した場合、精神科医がうつ状態となり、それを見て不安に感じた患者もさらに不安定となり、互いの精神状態が悪化します。
また、精神科医の支配的な態度に患者が耐えられなくなって関係が破綻した場合、患者は精神的に不安定となり、衝動的な自殺企図などを起こしやすくなります」(岡村氏)
だが、あくまで職業倫理の話であり、法的強制力がない以上、追及するのも野暮かもしれない。逆に、医師の治療的サポートがあったとはいえ、したたかに個人事務所を立ち上げていた有安のメンタルの状態は本人が言うほど深刻ではなかったともいえる。ファンとしては喜び、応援すべきところなのかもしれない……。
【安宿緑】
編集者、ライター。心理学的ニュース分析プロジェクト「
Newsophia」(現在プレスタート)メンバーとして、主に朝鮮半島セクションを担当。日本、韓国、北朝鮮など北東アジアの心理分析に取り組む。
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ライター、編集、翻訳者。米国心理学修士、韓国心理学会正会員。近著に「
韓国の若者」(中央公論新社)。
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