花競べ
「チャンスの女神は前髪しかない」という、ことわざがある。
チャンスは一瞬。目の前を通り過ぎた後に慌ててつかもうとしても遅いという教訓が込められている。しかし、仕事におけるチャンスは“つかんだ後”が問題だ。何かしらの成果を上げられなければ、評価を下げるリスクに転じる。
直木賞作家・朝井まかてのデビュー作である『花競べ―向嶋なずな屋繁盛記』(『実さえ花さえ』を改題。講談社文庫)にも、千載一遇のチャンスに振り回される男の姿が描かれる。主人公は江戸・向島で小さな種苗屋を営む若夫婦。ある日、得意客である“ご隠居”に種苗職人が腕を競う「花競べ」に出てほしいと懇願される。優勝すれば種苗屋としての地位は格段に上がる。しかし、出品できるような苗はなく、新しく育てるには準備期間が足りず、夫・新次は困り果てる。
任せてさえもらえれば、うまくいくと思っていたのに、いざ任されると身動きがとれなくなる。“焦れば焦るほどいい思案は遠ざかり、気を落ち着けたら落ち着けたでぽっかりと穴が空いたように何も浮かんで来ない”という状況に陥るのも、よくある話だ。
見かねた女房・おりんは、こう助言する。
「ご隠居は何もかもを新さんに託したのだから、そのお前さんがご隠居を見てたんじゃあ、ぐるぐる回ってるだけじゃないかしら」
「評価されたい」という思いが強すぎると、本筋を見失いやすくなる。たとえ、根底にあるのは責任感だったとしても同じことだ。相手の意向を汲むのと顔色をうかがうのは大違いだと肝に銘じておくべきだろう。
では、成果を生み出せなかったときはどう振る舞うべきなのか。花師に憧れ、新次をライバル視していた栄助は、新次に引導を渡され激しく反発する。
「いいか、あのひ弱な木のことはすっぱりあきらめろ。今の弱さのままじゃあ、いずれ世間から打ち捨てられる」
「よくもよくも気安く、これまでの苦労を捨てろと言ってくれるな。俺がこれまでどんな思いで」
しかし、過去の努力を過大評価し、執着するほど事態は逼迫し、追い詰められる。努力不足かもしれないし、努力の方向性が間違っていたのかもしれない。いずれにせよ、成果を生み出せなかったのには何かしらの理由がある。「上司の指示が悪い」「同僚が協力してくれなかった」など、外的要因に理由を探すのは簡単だが、問題解決を遠ざける。
成果に向けて全力を尽くす。でも、努力が実を結ばなかったときはいさぎよく諦める。やり直す機会が与えられようと、与えられまいとまずは体勢を立て直す。その姿勢が結局は次の機会を呼び込む。
撤退もまた勇気、なのだ。
<文・
島影真奈美>