これが講談ならば、ここで諸将の醜さや人心の離れやすさに涙する石田三成と島左近主従にスポットライトをあてて、渋いコメントの一つでも入れれば様になるのだろう。あるいは「あの暴れ馬、実は諸将の動向を探るべく、家康が放ったものだった」とでも書いて、東照権現の機略を褒めるのも手かもしれない。
が、ことは選挙。しかも来るべき選挙は、それが冒頭解散であれ衆参同日選であれなんであれ、消費税という暮らしに直結する問題と、「憲法改正」という我が国の根幹に関わる問題が争点にならざるをえない。悲憤慷慨にくれている暇はないのだ。
このままいけば、どのタイミングで解散が行われようと野党陣営は準備不足となるだろう。参院一人区での候補者調整や衆院選挙での野党共闘の進捗などといった話は、戦術レベルの話でしかない。はるかそれ以前の話で、人心は完全に野党陣営から離れている。また人心は安倍政権に集まっているのでもない。行き場を失った人心は、安倍政権誕生このかた6年、「すこしでもマシな方」へ流れているにすぎないのだ。これは同時に、もし野党陣営が「すこしでもマシさ」を提示できれば、再び人心を掌握しうるということでもある。
あの日の伏見の諸将がそうであったように、人心は「利得が生まれる」方に転がる。集団の規模が大きくなればなるほどそうだ。結局のところマスの意思とは「具体的な利得のあるところ」に落ち着く。
野田政権の崩壊がそうだったではないか。結局、あの時の有権者は、民主党にNOを突きつけたのではない。消費増税、いやもっと言えば、消費税や社会保障という自分たちの財布を直撃する話題を、正面切って議論できない姿勢そのものにNOを叩きつけたのだ。「日本の右傾化」や「若者のリベラル離れ」などと「大きな物語」や定性的な話で総括するまでもない。単に有権者は「金の話をきっちりするかどうか」を見ているということだ。
ならば野党陣営が人心を再掌握できる術も「金の話」しかあるまい。野党陣営はもっと金の話をするべきなのだ。具体的に言えば、もっと果敢に消費税について言及すべきなのだ。
おそらく官邸側は「経済情勢に鑑みて、消費増税を再延期する」と言い出すに違いない。これに対抗するに「そんな無責任なことを言っていいのか!」と対応するのでは、有権者から見て話は噛み合っていない。「無責任な奴が他人の無責任さを糾弾している」と見られるのが関の山だ。「増税延期」に対抗し、「具体的な利得のあるところに転がる人心」を掴まねばならぬ。ならば答えは「消費税撤廃」しかあるまい。
なにも「選挙に勝つためだけの売り口上」として消費税撤廃を打ちたてよと進言しているのではない。
今年、平成が終わる。この30年間我が国は不況に喘ぎ続けてきた。どの政権がどんな経済政策を打ち出そうとも、日本経済の長期低迷傾向は変わらない。この30年、ありとあらゆる景気浮揚策や税制改革が試されたにもかかわらず、なにも効果を挙げない。
しかし冷静に「平成の歴史」を振り返って欲しい。平成の一番最初に試された税制改革とは、平成元年4月1日に導入された消費税だったではないか。消費税だけはこの30年、つねに我々の前にあり続け、同じ路線で拡大ばかり続けている。そして消費増税のたびに、景気は落ち込み低迷を続けているではないか。消費税による30年の苦しみ――これが「平成の歴史」の現実だ。
野党はいまこそ、「消費税撤廃」を旗印にするべきだ。それが人心を再び掌握する唯一の方法であると同時に、どんな景気浮揚策も有効に機能しなかった平成の30年を総括する、最も確実な手段であるはずだ。
――伏見城下の暴れ馬騒動の直後から、家康の元に馳せ参じた諸将と石田三成の対立は激化する。諸将は三成こそを奸臣と糾弾し、三成は諸将を豊家獅子身中の虫と糾弾する。そして家康はこの対立構造を利用し、豊家を乗っ取り、やがては天下を掌握する。三成も諸将も「豊家のため」と言いながら本当の敵を見失っていたのだ。
野党は敵を見失ってはいけない。安倍政権という眼前の敵にとらわれてはいけない。その背後に控える家康――そう、この30年消費税にしがみつき、日本の経済を再起不能にまで落とし込んだ財務省の首級を狙った仕事を、着実に進める必要があるだろう。
※本稿は『月刊日本』2月号掲載の記事を転載しております。
<取材・文/菅野完>
すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『
日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。現在、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中。また、メルマガ「菅野完リポート」や月刊誌「ゲゼルシャフト」(
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