進む「顔認証」テクノロジーの普及。その可能性と危険性を考える

指名手配犯を見つけ

人ごみから瞬時に指名手配犯を見つけ逮捕することも可能に 写真/AFP=時事

裁判所の令状なしに利用される恐れあり

 ただし、顔認証システムには大きな懸念材料もある。プライバシーの問題だ。防犯カメラや顔認証システムの法的規制に詳しい弁護士の武藤糾明氏は言う。 「顔認証システムは、接触しなくても指紋のような同一性に関する情報が採れる技術だと理解してもらうとわかりやすい。裏側でデータベースとなる個々人の画像は、パスポートや免許証ほどの解像度でも十分です。現状では、裁判所の令状がなくとも、簡単な書類一枚でそれら画像データは(省庁や各都道府県の公安委員会、自治体から)警察に提供されてしまう状況です。つまり、警察が容疑者を逮捕するためなど限定的な用途で顔認証システムを使うことから逸脱し、過度な監視体制を築くために乱用される可能性があるということ。もちろん、顔認証システムは犯罪抑止や商用目的で有効活用できると思いますが、まず大事なのはメリット・デメリットを国民がしっかりと理解して“腹落ち”することではないでしょうか」  一方、立正大学教授で犯罪学者の小宮信夫氏も、警察や治安当局が顔認証システムなど先端技術を取り入れていく動きは広がるだろうと予測している。
進化する防犯カメラ

進化する防犯カメラ

「実際、警察内部でもテクノロジー推進派と、懐疑派に分かれています。後者は『刑事の勘がAIに負けることはない』と主張していますが、いずれ顔認証システムなど高度なテクノロジーは警察業務に不可欠なものになるでしょう。たとえば『モザイクアプローチ』という、バラバラかつ接点がない証拠をつなぎ合わせて容疑者を突き止める犯罪捜査の手法がありますが、それらは顔認証やAIを利用することで一気に精度が高まります」  小宮氏は治安当局が最新技術を取り入れるのは不可避としつつ、 「広がることを前提に法的な枠組みをつくるべき」と主張する。 「防犯カメラ先進国であるイギリスは、カメラの設置管理やデータ利用に関し、法律で厳しい制約を設けている。しかし、日本では防犯カメラは“善か悪か”の議論で終わってしまい、実際にはなし崩しに設置が行われ、撮影データの取り扱いについてのルールも曖昧です。顔認証システムなどに関しても同じ轍を踏んではならず、顔データが使われることを前提にして、間違った使われ方と正しい使われ方の線引きを国民が行い、運営を監視するシステムを作るべきです」  この現状の曖昧な法規制は、利活用の方向にも大きな影を落としている。前出の土田氏も「(’17年に)改正された個人情報保護法で、個人特定が可能な顔の特徴量データは個人情報に該当することになりました。リスクにためらって、運用を躊躇する企業は多いはず」と付け加える。  顔認証システムはあくまで道具であり、善悪どちらになるかは人間の使い方次第だろう。いずれにせよ、顔認証システムは今後、あらゆる生活シーンに浸透することは間違いない。また、日本にはその流れを加速させる大きなイベントが2つある。 「東京五輪や大阪万博は、多くの観光客が訪れるため、技術を試す絶好の機会なのでパブリックセーフティ(AIや顔認証で地域の安全を守るシステム)が発展する大きなきっかけになるでしょう。大阪万博の大きなテーマのひとつはAIなので、6年の間に顔認証技術に関する法的枠組みが出来上がるのを願うばかりです」(河氏)  便利な世の中がくるか、はたまた監視社会がくるのか。五輪や万博を控えた日本にとって、大きな課題となりそうだ。 ― 1億総[顔認証]時代の幕開け ―
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