アスリートなのに太っている、真面目に練習すると蹴りを入れられる……常識外だったシンガポールリーグ
その後戸田はシンガポールに渡り、現役生活を終える。その際の待遇は、「
マーキープレイヤー」といって、リーグから特別に招聘された外国人という扱いだった。インドのスーパーリーグにもある制度で、そうやって大物外国人選手を呼んでくるわけだ。
言うまでもなく、シンガポールのレベルはJ1と比べると格段に落ちる。日本でいえば「セミプロより下」(本人談)だった。忘れてはならないのは、シンガポールは日本などとは比べものにならないくらいの超学歴社会だということである。必然的に学業が最優先となり、スポーツは二の次、三の次となる。そんなシンガポールにおいて純粋にサッカーを追求し、プロ選手として十数年生きてきた戸田は「招かれざるエイリアン」でしかなかった。
「選手たちがまずプロではありましたがメンタリティ含めてプロフェッショナリズムは存在していませんでした。例えば中盤で相棒だった選手はアスリートとは思えないくらいに太っていたり、そうなると当然まともには動けない。
練習前にボールを入れるカゴに皆でバスケットボールのシュートを競って投げたり、基本的には常に練習中はふざけていましたが、かと思えば突然荒れたり。
僕はリーグから招かれた者として出来る限りの事をしよう提供しようときちんとした取り組みを意識しましたが、それが逆に彼らの慣れ親しんだ練習の雰囲気を壊すと反感を買ってしまい、練習中に前蹴り入れられたこともありました。
でも、すでに選手引退後指導者になることを決めていた自分としては、そこにあるサッカーとプロとしての在り方を尊重し、目線を合わせる事で彼らとの間に繋がりを作る日々の取り組みは、きっと将来に生きると考えて毎日過ごしていました」
話は飛ぶが、メジャーリーグを見ると日本プロ野球経験者が監督になっている場合が結構多いのだ。今すぐに思いつくだけでもケン・モッカ、ジム・トレイシー、ゲーブ・キャプラー、アンディ・グリーン、トーリ・ロブロなどがいる。デービー・ジョンソンとチャーリー・マニエルに至ってはワールドシリーズ制覇も果たしている。
筆者の友人に森祇晶という男がいる。かつて西武ライオンズの監督を九年間務め、うち八回リーグ優勝・六回日本一を達成した人物である。筆者は一度森に「日本経験者がMLBで指導者になるのは偶然か」と聞いたことがある。すると、「偶然ではない」と断言した。
「指導者として生きていくのであれば、外国で泥にまみれるのは決して無駄な経験にはならない。(渡辺)久信だって、台湾で野球を続けて日本一監督になったじゃないか。ボクはね、ああやって外国に行って真摯に野球を続ける男を“都落ち”というのが大嫌いなんだ」(森)
そう考えていくと、今後の戸田の指導者生活において、欧州はもちろんのこと、韓国やシンガポールで得た経験は大きな財産となるに違いない。
戸田は慶應ソッカー部Cチーム監督となったが、所属していた育成リーグ1部に残留させる事が出来ずにシーズンを終え、ソッカー部を去る事となった。
一つ確かなことがある。ジョゼ・モウリーニョの初監督は三か月少々で終わった。拙著「貧困脱出マニュアル」でも触れたが、ジョー・トーリはヤンキースをワールドシリーズ制覇に導いて名将となるまで、三回クビになっている。戸田も今回のように結果を残す事が出来ずにチームを追われる、指導者としてクビになることもあるだろうが、いつかJ1で監督となるだろう。
筆者はそんな日が来ることを確信している。
戸田和幸と筆者(写真左)
【タカ大丸】
ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『
ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「
ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『
貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『
ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「
ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『
貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。