国連特別報告者のMr. Baskut Tuncak
「国連のほうから来た人」――。
これは日本のTwitter上で国連人権理事会の特別報告者バスクト・トゥンジャク氏に付けられた“蔑称”である。そう、消火器を悪質訪問販売する業者が「消防署のほうから来ました」と身分を詐称するときに用いるレトリックを、特別報告者に対して使うことで、特別報告者という立場を低く見せようというわけだ。
いったい何が起こったのか?
2011年の福島第一原発事故で放射能汚染を受けた地域を対象に、7年9か月以上にわたり日本政府が避難・除染(放射能除染)・帰還を支援する政策を行っていることは、周知の通りであろう。その“帰還”政策に対し、
10月25日の国連総会にて、国連人権理事会の特別報告者であるトゥンジャク氏が苦言を呈した(その内容等については、
筆者による既報を参照されたい)。
その後、Twitter上では様々な反響が起こったが、その中からは、トゥンジャク氏を支持する声と共に、同氏の役割を誤解したと思われる、いささか
的外れな批判や、さらには、
同氏の名誉を不当に貶めようとする罵声までもが聞こえてきた。そのような批判的な声を上げる者の中には大学教授、それも、
科学を教える立場にある理系の大学教授までもが混じっており、根っからの理系人間である筆者は、彼らの無礼で傲慢な言動に、いささか恥ずかしい思いをさせられた。
苦言はここまでにし、本題に入ろう。上述した批判の内容を大別すると、次のようになる。
・「国連のほうから来た人」、すなわち、トゥンジャク氏を国連の関係者ではなく、国連とは関係のない人物かのように思わせようとするもの。
・国連人権理事会と同じ国連下部組織である「UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)」を特別報告者トゥンジャク氏1人と比較し、同氏の方が科学的な質がずっと低いのではないか?と疑うもの。
本稿では先ず、Twitter上に見られたこれら2つの批判に対し、筆者から簡潔に反論を述べる。次いで、筆者の私見を交えながら、トゥンジャク氏の苦言の真意を探ってみることにする。その先に見えてくるのは、実のところ、特別報告者バスクト・トゥンジャク氏に対する感謝の念なのである。
先ずは、「国連のほうから来た人」への反論から。
国連人権理事会とは、れっきとした国連下部組織であり、2017年8月の時点で人権に関わる44もの課題に取り組んでいる(※参照:
Special Procedures of the Human Rights Council)。それら44の課題には、それぞれ1~5名の担当者がおり、全課題の担当者を合計すると、ざっと68名になる。バスクト・トゥンジャク(Baskut Tuncak)氏はその68名中の1人である(※参照:
Thematic Mandates )。
トゥンジャク氏の職位である「
特別報告者」は1名で1課題を担うものであり、したがって、今回の国連総会においても、彼が単名で報告を行っている。特別報告者の任期は
3年~最長6年と、それなりの長さを持っている(※参照:
特別報告者)。トゥンジャク氏は
「有害物質及び廃棄物の管理と処分」の人権面の専門家として2014年より「特別報告者」の任に就いているが、これはすなわち、同氏の任期が
2017年時点で3年から6年に延長されたことを意味している。なお、トゥンジャク氏の元々の所属は
トルコ共和国の人権研究機関Raoul Wallenberg Instituteである(※参照:
Baskut Tuncak)。
こういった人物を「国連のほうから来た人」呼ばわりすることがどれほど失礼であるか、ここまでくれば容易に分かるだろう。