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――伊藤さんは一人で九夏社という出版社を経営しています。なぜこの本を出版したのですか。
伊藤武芳氏(以下、伊藤):本書は『Are Dolphins Really Smart?』という英書を翻訳したもので、『「イルカは特別な動物である」はどこまで本当か―動物の知能という難題』という邦題をつけました。
本書には、私が興味を持ったといいますか、日本でも出版しておくべきだろうと判断した論点が大きく二つあります。一つは、「イルカは特別視に値するほど賢い動物である」という特に欧米で広まっている言説に関し、動物学的な検証がなされている点です。「イルカは賢くて優しい」みたいな話を聞きますが、実際のところどこまで本当なのかなと。
これは日本人にとっても他人事ではありません。イルカ神話は捕鯨も含めて時に国際問題にまで発展しますし、海外生活が長い友人に話を聞いても、下手をすると第二次大戦などよりもイルカ漁について議論を吹っ掛けられる機会の方が多いかもしれないと言います。ちょうどこの本の出る直前の今年9月にも、セーリングW杯の開会式で披露されたイルカショーに海外から批判が集まり、実行委員会が謝罪に追い込まれるという出来事がありました。
もう一つは、もう少し広い意味で、「動物の心や意識、知能」というテーマが扱われていることです。最近この分野の研究は急速に進んできており、様々な動物がこれまで人間が想像していたよりもずっと賢いことが次々と明らかになってきています。この本はイルカを入口として、動物の心という難問に取り組む科学を掘り下げて扱っています。
ちなみに動物に関する最新の知識を紹介した「動物もの」には一定の人気があって、昨年も『
愛しのオクトパス』(亜紀書房)や『
動物の知能がわかるほど人間は賢いのか』(紀伊国屋書店)などが結構売れたりしています。タコなんかは近年その知能の高さに急激に注目が集まった動物の典型ではないでしょうか。
ともかくこれらを総合して、この本を日本で出しておく意義は十分にあるのかなと判断しました。
――ズバリ、本書の読みどころはどこですか。
伊藤:動物の心の「過剰な単純化」を強く戒めているのが本書の特徴でもあり、ここでタイトルへの回答を展開することはしませんが、この本の結論は我々日本人にとっては理解しやすいものだと思います。結論のかわりに中心メッセージの一つを紹介しておきますと、「客観性のない恣意的な基準で動物をランク付けするな」というものがあります。特に動物の知能という曖昧な概念は、「人間に似ているかどうかを基にした印象論でしかない」というのが著者の主張です。これは結局人間中心主義であって、たとえば先のタコみたいに人間とは大きく異なる形で高い能力を持つ動物だっていることが分かってきているわけです。
そして動物の心というのは、動物を日々食べている我々人間につきまとう倫理的な難問とは切っても切り離せません。「食べていい動物」と「食べてはいけない動物」との間に何らかの境界線が人間に引けるのか。イルカ問題はこの難題を最も端的に私達に突きつけているのではないかと思えます。
興味を持たれたら、ぜひ手に取っていただきたいと思います。