タイで反政府ラップが異例の大ヒット。その背景にあるタイ社会の不条理

道徳を庶民に押し付け特権階級の犯罪は無罪放免

 RADのこの「プラテート・グー・ミー」の出だしは、 “あんたたちはこの国でなにが起こっているか知っているか”  といった口上で始まる。スラングの乱暴なタイ語で始まっているが、これはラップではごく普通のことだとは思う。ただ、タイでは書き言葉、話し言葉、フォーマルな言葉などがまったく違うと言っていいほどに単語が異なるので、テレビなど公共の放送には載せられない内容であることはすぐにわかる。  続けてひとりめのラッパーはタイの国を皮肉に命名していく。 “ライフルで撃たれたヒョウが悲鳴を上げる国” “道徳ばかりと仲よしだが犯罪率はエッフェル塔より高い国”  エッフェル塔がここで出てくることの意味がわからないが、おそらくラップなので韻を踏んでいて、ライフルとかかっている。  このライフルで撃たれたヒョウというのは、2018年2月にゼネコンで稼いでいる富裕層が野生動物保護区でヒョウなどを狩っていたことで逮捕されたものの、保釈金が富裕層にとっては余裕で払える金額でさっさとリリースされ、その後裁判も進んでいないことを皮肉っている。 「道徳ばかり」というのは、いいことばかり言っている政府だが、実際には犯罪率が高く、格差社会がひどいことを表す。タイの格差社会はあまりにもひどく、1日に数千万円を使っても懐が痛まない層がいる一方で、その日の食事も精いっぱいという世帯も少なくない。タイでは平均世帯収入などが統計でわかるが、実際に平均を超える収入を得ている人は全体の一部であり、バンコクならともかく、地方に行けばほとんど存在しないレベルにある。  そういった貧民層は生活苦から犯罪に走ることもある。その一方で富裕層も罪を犯すのがタイの悪いところだ。しかし、RADはそこも見逃していない。 “人を殺しても、もしカネがあれば刑期を減らせる国”  タイではSNSの普及で、一般市民の目が特権階級の不正を暴くようになってきた。そのため、一般的には富裕層もカネですべてを解決できない正常な世の中になりつつあると見られている。しかし、実際には富裕層や特権階級は保釈金を払い留置場に入れられることはないし、裁判は行われないか、うやむやのままになっている。  レッドブルの創業者の孫が2012年に警察官を飲酒運転でひき殺したが、結局保釈されているし、現在は国外でのんびりと逃亡生活を送っていると見られる。国際指名手配も2017年にかけられ、それまでタイ政府や警察はなにもしていなかったことが浮き彫りになった。 「アンタッチャブル」というと本来はインドのカーストでも触れてはならない人々を指していたが、タイでは貧民層ではなく、富裕層がアンタッチャブルな存在なのである。
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自由も民主主義も仮初めに過ぎない国
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