内戦下のシリアを訪れたNGO事務局長が見た現状。「我々に何ができるのか」

反体制派の支配地域を取材していた安田純平氏と意見交換

シリア避難民

「血も魂もバッシャール(アサド大統領)に捧げます」と興奮気味のシリア国内避難民

 シリアで3年4か月拘束されていた、ジャーナリストの安田純平氏が解放され無事に帰国した。  メディアは自己責任論が世間でどう盛り上がっているのか、バッシングの材料としての身代金が支払われたかどうか、といった話題を中心に取り上げた。なかなか「シリアの惨状を解決するためにはどうすればいいのか」という議論に行かないもどかしさがある。  筆者は、JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)というNGOの事務局長を務める。シリアの内戦が起きた時は、いち早くヨルダンとイラクで難民支援を行った。当時の報道は、インターネットに上げられた動画が氾濫して、いったい何を信じればいいのかが難しかった。  2012年7月、筆者はダマスカスに行き、公務員として働いている知人を訪ねた。彼らはバース党(アラブの民族独立、統一、社会主義を掲げる民族政党)の党員であり、もちろんシリアの現政権であるアサド政権を支持してはいたが、「どちらがマシか」ということを熱く語っていた。同じ時期に安田純平氏は反体制派の支配地域を取材し、目の前で殺される子どもたちを見ていた。安田氏と電話でやり取りをして、同じシリアでも全く違う世界に私たちは居て、「どうしたら平和を創れるのか」と意見交換をしたことを思い出す。  前線からジャーナリストが伝えてくる情報があるから、私たちNGOは2歩・3歩下がって活動することができる。「現場から報道する必要はない」という世論が趨勢を占め、ジャーナリストが退避勧告を守って現地に行かなくなると、困るのは私たちでもある。

住民300万人が悪影響を受け、80万人が家を追われる

破壊されたホテル

キリスト教の村、マールーラの破壊されたホテル

 今年に入ってから、アサド政権はロシア軍の後押しを受けて、シリア南部の反政府支配地域へ激しい攻撃を加えた。撤退交渉で合意した反体制派武装勢力がバスを連ねて退去し、武装勢力メンバーらは北西部のイドリブ県に追いやられた。  アサド政権は反体制派勢力をイドリブ県に封じ込めて、一気に総攻撃を加えて壊滅を図るのではないかとの噂が広がった。9月の初め、私たちはいくつかのNGOと、以下のような共同声明を出した。 「私たちは改めて、シリア国内で武力攻撃を行っているすべての人たちに伝えます。攻撃を直ちにやめてください。国連は、この地域で戦闘行為が激化すれば、住民300万人が悪影響を受け、最大80万人が家を追われるとしており、人道支援を必要とする人の数が劇的に増えることに懸念を表明しています」  この声明がリリースされたとき、私はシリアの首都・ダマスカスにいた。東京外語大学の青山弘之教授が、共同研究を行っているシリアの調査機関「SOCPS」と調整をつけてくれた。人道支援のニーズ調査と、我々の考えをシリア政府に伝えたいというのが目的だったが、安田純平氏のことも心配で、何か情報が得られないかとも思ったのだ。
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武装勢力が封じ込められた「イドリブ」の街
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