トラック運転手がハンドルに足を上げて休むのには、やむにやまれぬ事情があった

ハンドル足上げは、エコノミークラス症候群を防ぐためにも有効

 見た目には決して褒められた格好ではないが、この「足上げ」をトラックドライバーに推奨する専門家も少なくない。というのも、トラックドライバーの習慣には、「エコノミークラス症候群」を引き起こす要素が非常に多いのだ。  エコノミークラス症候群とは、足や下半身の血流が悪くなり、できた血液の塊(血栓)が肺の血管に詰まる病気で、呼吸困難や胸痛などを引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。東日本大震災時、避難所での突然死や車中死が頻発したことで、国民に広く認知されるようになった病でもある。  トラックドライバーは、こうした長時間の着席体勢や、慢性的な睡眠不足だけでなく、前回紹介したように、クルマを停められる場所の少なさから、トイレの回数を減らそうと、水分の摂取を抑えたり、眠気防止のために足を温めすぎないようにするなどといった、エコノミークラス症候群を引き起こしかねない独特の「長距離運転対策」を講じることがある。  そのエコノミークラス症候群の予防の1つが「足を高くして寝ること」なのだ。つまり、ドライバーが楽な体勢として取る「足上げ」は、エコノミークラス症候群予防としても、理に適っているのである。  しかし、見た目の問題や衛生的観点、さらには「食わせてもらっているハンドルに失礼だ」という企業理念などから、この「足上げ」を禁止する運送業者や荷主も、中には存在する。が、ドライバーとて足上げなどせず、休憩時間くらい後ろのベッドで眠りたいというのが本音である。 「国の血液」とも称される日本のトラックドライバーたちだが、彼らを取り巻く過酷な労働環境や荷主都合主義の風潮、現況に合わないルールやインフラなどといった原因により、こうして十分な休憩や睡眠時間、ひいては健康すら保障されない彼ら自身の体内では、ホンモノの血流が停滞の危機に晒されるという皮肉な現象が起きている。  さらに、これらの原因は昨今、悲惨な交通事故やドライバー不足などといった「日本の物流の『血栓』」をも生み出し始め、彼らの労働環境をより一層悪化させている。  こうなればドライバーも、足だって上げたくなる。いや、彼らが上げたいのは、足ではなくもはや“両手”なのかもしれない。  路上で見る彼らの足上げ姿は、過酷な労働環境の表れだ。 「足上げて寝とると、足でクラクション鳴らしちまって、びっくりして飛び起きるんだよな」と明るく笑い合う、あの頃のおっちゃんたちを思い出す。フロントガラス越しの「足上げ姿」ひとつで、彼らが「サボっている」と単純に誤解されるには、あまりに悲しい背景がそこにはある。 【橋本愛喜】 フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto
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