かつてSは逮捕前はバーを経営するなど、なかなかにやり手ではあった。出所後に再びバーで店員としてゼロから始めていた彼女だ。2018年7月にそのバーの前を通ったとき、Sに呼び止められた。ちょうど彼女が出所してから1年ほど経過した時期に重なる。飲んで行けと言うが、筆者は取材中だったので後日来ると告げた。しかし、そのときに少し違和感を持った。酔いすぎじゃないか? と訊く。
「飲んでない飲んでない。アイスを手に入れたからやっているだけ」
Sは再び覚せい剤に手を出していた。もうやらないと言っていたじゃないか。そう訊くと、「保護観察も終わったし、今こんなご時世だから捕まることもないし、大丈夫」と呂律が回らない口調で笑っていた。
筆者は用事のため、そのときはその場を離れた。そして、翌8月はまったく会う時間がなく、9月になって彼女から電話があった。カネを貸してくれと言う。8月はサマーバカンスでたくさんの外国人がバンコクのバーに来るが、9月は激減する。収入が減るのはわかるが、明らかにドラッグ購入による金欠だった。
借金の申し込みを断り、10月になって再び彼女に会いに行った。クスリをやめればいいじゃないか。もう刑務所には入りたくないって言ってたじゃないか。するとSは少しイラだった目を筆者に向けた。
「別にいいじゃない。刑務所に戻るのももう怖くない。思い返したら、そんなにつらいことなかったし、売人になるわけじゃないから入ってもまたすぐ出てこられるわ」
麻薬中毒者は再犯率が高いのは環境のせいもあるが、結局は眼前の快楽に勝てない人間の弱さがあるのかもしれない。
スクムビット通りのこのエリアでは黒人密売者がヘロインを売っていた。2018年10月に取り締まりが強化されている
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
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たかだたねおみ●タイ在住のライター。近著『
バンコクアソビ』(イースト・プレス)