たった一人の医師が500万人をエイズ禍から救う影響力を持ち得た理由とは? 拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃(3)

筆者・タカ大丸とDr.ウィワット

 前回までに第1回第2回にわたり、コンドーム100%キャンペーンをすすめていったDr.ウィワットの歩みを紹介したわけだが、歴代のタイ首相も彼の業績を高く評価しており、タクシン元首相に至っては「五百万人の命を救った」と激賞した。  その後Dr.ウィワットはミャンマー、カンボジア、フィリピン、中国、モンゴルなどにも招聘され、さらにこの運動を広げていくこととなる。

「教育」は無力だった

 そこで筆者は「どこの国が一番対処するのが難しかったか」と聞いた。 「どこの国にもそれぞれ困難がつきまといましたよ。それでも特に難しかったという意味では三つの国が挙げられますね。中国・フィリピン・ミャンマーですね。  中国に行くと、警察も地方政府も“この国に売春はなく、当然性労働者も存在しない”と強硬に言い張るわけですよ。しかし現実問題として“娯楽施設”にて女性が働いていて、そこに行く外国人旅行客が感染したり、逆に感染させたりする現実があったわけですよ。その現実をまず当局側に認めさせるという点に難儀しました。  フィリピンに関していうと、カトリックの縛りが大きかったですね。“カトリックにおいては避妊が禁じられている。したがってコンドームの使用はカトリックの教義に反する”ということです。  ミャンマーも似たようなものです。“我々は仏教国であり、コンドーム使用は我々の伝統文化に反する”と言い張るわけです。ですから私は“これは一般市民全員を対象とするものではない。あくまでも性労働者に限定したプログラムなのだ”と説得してやっと実現に持ち込むことができました。詳しくは私の著書に記しましたので、読んでみてください」  前回強調した通り、この物語は医学と教育の話ではなく、政治とリーダーシップの話である。Influencerは大企業の社長でも大国の大統領でもない、つまり目に見える権力がない人物がいかにして圧倒的成果を出せる影響力を持てるようになるのか、という事例集である。  筆者は、Dr.ウィワットにこの影響力の持ち方をどのようにして学んだのか聞いてみた。 「たとえば何かの懸案、それこそHIVの拡散防止についての議論があったとして、二人の人が説得しにきたとしましょう。そのとき、片方がタクシー運転手で、もう一人が博士号を持つ教授だとするならば、どちらを信用しますか?」 ――それは大学教授のほうですね。 「ということなのですよ。真の影響力を持とうと思うのであれば、そういった権威の裏付けが必要なのです。だから私は常にそのような裏付けをもって人を説得するよう努めてきました」  世の中は「何を言うか」ではなく、「誰が言うか」で決まのが厳然たる事実である。 「カンボジアに行った時のことです。私は担当者に今まで打ってきた対策を全てホワイトボードに書き出してもらいました。その上で私は各々の対策がなぜうまくいかなかったのか、どうして失敗していったのかを指摘していきました。タイで私はあらゆる方策を試してきたのですから、すぐにわかるのです。  そんなときに“教育の重要性”を訴える人もいます。しかし、タバコの害悪については誰もが教育されているではありませんか。アルコールがよくないこと、薬物乱用が悪いことも教育されている。でも止められていないではありませんか。ましてこの話はセックスの話ですから、なおのこと止めようがありません。この場合、教育は無力なのです」
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売春宿の経営者を説得した「強制力」
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