NAFTA再交渉で米国とほぼ「合意」したメキシコの労働者や農民の苦境は、対米貿易自由化に突き進む日本の未来の姿!?

NAFTAの影響でメキシコは食料主権を失い、超赤字国となった

村の女性リーダー、ロレナさん

村の女性リーダー、ロレナさん

 自由貿易協定でアメリカから安いトウモロコシが流入し、メキシコの農民が作るトウモロコシ価格が低落した。2011年、筆者はTPP(環太平洋経済連携協定)に反対する農民・市民グループ「TPPに反対する人々の運動」の主催するイベントで、メキシコの労働運動活動家を招へいしたことがある。メキシコ通信労組に所属するマリー・カルメンさんは次のような話をした。 「1994年にNAFTA合意署名がされた後、農業、製造業、繊維、通信サ-ビス、輸出などさまざまな異なる分野の労働者がその影響を被った」 「その結果、メキシコでは移民労働からの送金が何千もの家族を支える収入源となっている」 「食料主権も失った。最初の7年間でメキシコは食料輸入国となった。年を経る中で、以前5億8100万ドルの食料黒字国から21億8100万ドルの超赤字国となってしまった。1987~1993年の輸入は5200万トンだったのが、NAFTA加入後1994~1999年では9000万トンの輸入となった。打撃を受けたのは45%も農産物価格が下がった1800万人の農家だ」  ロレナさんの話に戻る。この村にもNAFTAの影響が襲った。農案物の価格が大きく下がり、地元の農産物を買い取って加工していた地元工場も潰れてしまった。彼女の夫と息子も、アメリカに出稼ぎに出た。残された女たちは精神的に不安定になり、家に閉じこもりがちになっているという。  この村の世帯数は約300戸。その9割の家庭で、家族の誰かがアメリカに出稼ぎに行っている。その結果、村の人口の7割が女性という極端に不均衡な構成になってしまった。  しかも出稼ぎに行った男たちのうち、合法的に国境を越えたものは3割しかいない。残る7割は危険を冒しての非合法移民だという。女性グループのネットワークのセンターになっている小さな建物の一角にはコンピューターを教えるスペースがあった。国境を越えて出稼ぎに行った夫や息子とメールで連絡を取り合えるように、トレーニングをするためだ。彼女もフェイスブックのアカウントを持っている。

メキシコの苦境は、日本にとっても他人事ではない!?

閉鎖工場跡

がらんとした閉鎖した工場の内部

 ロレナさんは「ぜひ見でほしい」と村のはずれに案内してくれた。それは、朽ちかけた工場の跡だった。 「ここを見ればNAFTAで何が起こったかがすぐわかります」  その工場は、この地域の特産だったレンズ豆のパッケージ工場だった。かつて、男女合わせて30人以上の村人がここで働いていた。NAFTA締結の後、農産物価格の下落でレンズ豆の価格も低落、間もなく工場はつぶれた。機械類は持ち出され、作業場は空っぽになり、事務室だったところには黄色く変色した帳簿や伝票類が散乱していた。 「ここへ来ると悲しくなります」  ロレナさん自身も昼はこの工場で働き、夜はやはり村内にあったパン工場で働いていた。そのパン工場も都市部から進出してきた大工場のあおりを受けて倒産した。メキシコの主食はトウモロコシの粉でつくるトルティーヤという薄焼のパンで、手作りのトルティーヤを売る小さな店が村には何軒もあったが、それもみんな潰れてしまった。  すべて、地元の女たちが細々と、しかしのんびり、楽しくやっていた小商いだった。材料のトウモロコシもまた、地元の農家が作るものだった。  NAFTA再交渉の結果、メキシコ国内の雇用も農業を基盤とする地域経済もはいっそう苦境に陥ることは容易に想像がつく。一方、これから米国との二国間本格協議が始まる日本。11月の中間選挙を控えたトランプ大統領は、自動車や農産物で容赦なく日本の譲歩を迫ることは明らかだ。  自動車では輸出規制が迫られる。農産物では牛肉、豚肉の関税大幅引き下げとコメ輸入特別枠の拡大が焦点となる。いずれも、国内の雇用と農村を直撃する。メキシコの労働者や農民の状態は、日本にとっても他人事ではない。 <取材・文・撮影/大野和興>
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