同原虫の日本人への感染は見えないところで進んでいる可能性もある。’13年、ブラジル出身の男性保虫者が献血した血液から、シャーガス病の陽性反応が出たのだ。当時、すでにその血液が11人に輸血されていたことが判明し、うち5人は後の検査で感染は否定されたが、残り5人はすでに死亡、最後の1人は高齢を理由に再検査を拒否しているのだ。
日本赤十字社によると、現在は中南米諸国出身者や出身者を母または母方の祖母として持つ人、現地に連続4週間以上滞在した経験がある人からの献血に対しては、シャーガス病の抗体検査による安全確認を実施しているという。
しかしサシガメ流入の危険性が高まる今、中南米に縁もゆかりもない日本人に対しても、同様の抗体検査を行うべきではないだろうか。何せシャーガス病は、感染したとしても数年から数十年は自覚症状すら出ない「沈黙の感染症」なのである。
前出の三浦氏によると、シャーガス病の感染者が確認されたとしても、日本国内には感染急性期に対応できる薬がないという。
「感染者に対しては、なるべく早期に治療薬を投与する必要がありますが、日本国内には常備されていない。感染が確認されてから医療機関などを通じWHOから取り寄せることになるのですが、発注から届くまで、手続きを含めて約3か月かかるというのが現状です」
サシガメ流入に対しても無策、献血時の安全検査についても一般の日本人はノーチェック、さらに薬もない……。日本は、世界的に感染が拡大しつつあるシャーガス病への危機意識が低すぎるのではないだろうか。
医師で元厚生労働省医系技官の木村盛世氏はこう話す。
「省庁や行政は感染症法で指定された感染症の対策以外まるで興味がない。法定感染症には、その時々の有力議員がゴリ押ししたそれほど危険とは思えない感染症が指定されたままとなっている半面、世界的に感染が拡大している新種の感染症が加えられることはなかなかない。季節性インフルエンザのように、国民が自分の問題として騒ぎ始めなければ具体的な対策は始まらないでしょう」
新型エイズともいわれる恐怖の感染症。泥縄では遅すぎる。
― [シャーガス病]日本上陸の危機 ―
<取材・文/奥窪優木>