スペースXはなぜ史上最も重い衛星をわざと低い軌道に打ち上げたのか? その戦略と衛星会社の目論見

ファルコン9ロケットは、第1段機体を回収、再使用することで、運用コストの低減を図っている (C) SpaceX

低コスト化への挑戦を支える衛星カスタマー

 もちろん、今回の打ち上げはテレサット側も了解していたものだった。  衛星が通常より低い軌道に打ち上げられるということは、運用を行う静止軌道に到達するまでに、より多くの推進剤が必要になるということを意味する。つまりその分、衛星に多くの推進剤を積まなくてはならず、それは衛星のコスト増加を招く。  ただ、おそらくスペースX側は、通常より低い軌道に打ち上げる代わりにいくらかの値引きをしたはずであり、テレサット側にとってはトータルで見れば、通常よりいくらか安価に衛星を打ち上げられたと考えられる。とはいえ、従来の”慣例”から大きく外れた打ち上げであることは間違いなく、多少のリスクがあったことは事実だろう。  実はテレサットがこうしたリスクを取るのはこれが初めてではない。たとえば2015年、日本のH-IIAロケットが「高度化」と呼ばれる能力向上のための改良を行った際、その1号機の顧客として名乗りを上げたのもテレサットだった。  このときも、高度化の1号機、すなわち事実上の新型機の1号機ということで、いくらか値引きがあったと考えられているが、とにもかくにもテレサットはこのときも、比較的リスクの高い打ち上げに、高価な衛星を委ねることを決めた。  同社はおそらく、各ロケット企業の高性能化や低コスト化といった取り組みを全力で支援する、という方針があり、それによって競合企業同士で開発競争が起こり、高性能で低コストなロケットが複数、市場に定着すれば、自社も含め業界全体にとってメリットになる、という目論見があるのだろう。  ファルコン9のような、従来にはなかった、しかしイノベーションにつながる可能性がある新技術や運用方法を支持しているのはテレサットだけではない。先日取り上げた『イーロン・マスクの「超大型ロケット」が米空軍に売れた理由と、その巨体に隠されたもうひとつの能力』で取り上げたように、米空軍もまた同じ考えで開発競争や価格競争を起こそうとしている。  ロケットは衛星を運ぶ乗り物である以上、衛星会社など顧客(カスタマー)が付かなければ、打ち上げる衛星がなく、仕事を失ってしまう。革新的なロケットとは、ロケットそのものの技術革新だけでなく、そのロケットに衛星を委ねる顧客の支持、理解があって初めて成り立つものなのである。

ファルコン9ロケットの打ち上げ (C) SpaceX

<文/鳥嶋真也> 宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。 Webサイト: http://kosmograd.info/ Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info) 【参考】 ・TELSTAR 19 VANTAGE | SpaceX(https://www.spacex.com/news/2018/07/21/telstar-19-vantage) ・Telstar 19 VANTAGE MISSION(http://www.spacex.com/sites/spacex/files/telstar19vantagepresskit.pdf) ・Falcon 9 | SpaceX(https://www.spacex.com/falcon9) ・Telesat Successfully Launches Telstar 19 VANTAGE Bringing New High Throughput Ku and Ka-band Capacity across the Americas and Atlantic | Telesat(https://www.telesat.com/news-events/telesat-successfully-launches-telstar-19-vantage-bringing-new-high-throughput-ku-and-ka) ・SpaceX delivers for Telesat with successful early morning launch – Spaceflight Now(https://spaceflightnow.com/2018/07/22/spacex-delivers-for-telesat-with-successful-early-morning-launch/
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。 Webサイト: КОСМОГРАД Twitter: @Kosmograd_Info
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