日本は中国に対するWTOへの提訴も躊躇している。EUは米国へのWTO提訴と同時に、中国による知的財産権の侵害についてもWTOでの紛争処理手続きを開始したと発表した。米国は中国の知的財産権の侵害に対して、通商法301条に基づいて一方的制裁の発動をしようとしているが、同時にWTOにも提訴している。
しかしここでも日本は躊躇している。提訴理由とされている中国の知的財産権を巡る不公正さは、多くの日本企業も直面している大問題だ。中国に進出する際、中国企業との合弁が求められ、中国政府によって中国企業への技術移転が強要される。また中国企業に技術のライセンスを供与した場合、その改良技術は中国企業のものとなってしまうのだ。
こうした問題は深刻な問題で根深い。日本も当然、欧米と同様、中国に対してWTO提訴すべきだろう。
躊躇する理由は「対中配慮」だ。これも日本の対中政策の伝統的な悪弊が背景にあるようだ。今、日中が関係改善の兆しがあって、習近平国家主席の年内訪日も期待している。そういう中で中国を刺激したくない。政治問題化を避けるのが大人としての対応だ。こうした議論が政府内でも幅を利かせているようだ。
これも自己満足の「配慮」ではないだろうか。むしろWTOに持っていくことが政治問題化を避けて事の解決を図ることになるというのが国際的な感覚だ。
EUはこれまで築き上げた貿易秩序を壊そうとする米国、中国をそれぞれWTO提訴する。そのバランス感覚はさすがだ。そうしたEUと日本は共同歩調を取るべきだ。
また米国をWTO体制に繋ぎ止めておくことは日本にとって死活問題である。そういう意味で日米欧がWTO提訴で共同歩調を取ることは極めて重要だ。
「対米配慮」「対中配慮」という日本的な発想は国際的には通用しない。日本が最も優先すべきは世界の貿易秩序そのものだということを忘れてはならない。
【細川昌彦】
中部大学特任教授。元・経済産業省。米州課長、中部経済産業局長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『
メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)
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