「クルマは債務者から見えない場所に停めろ」この“伝統”が意味していたものは……<競売事例から見える世界4>

債務者が突如発狂し、BMWを破壊!

 その言葉自体は聞き取れなかったが、債務者の雄叫びが響いたかと思うと、彼は玄関先の工具箱から大きなスパナを持ち出し、弁護士の停めていた車に襲いかかった。  弁護士の悲鳴にも似た静止を振り切り、彼はガンガンと車にスパナを振り下ろし始める。  BMWブランドの中でもまずまずの高級車というセダンが躊躇なく破壊されゆく姿にある種の新鮮さを覚え、なぜか我々は夢見心地でその光景と向き合っていた。  不動産執行のチームは執行官の判断で動いているため、こうなるとリーダー的存在である執行官の言動に注目が集まる。一体どのような舵を切るのか。  執行中の妨害や暴力であれば強制執行行為妨害罪となり、警察への通報も特別なもので即座に警察が駆けつけてくる。しかし、今回は執行後であり、一連の器物損壊も執行官に対するものではない。さて、執行官はどのような対応に出るのか。  ゆっくりと被害者である弁護士に近づく執行官、ようやく救いの手がやってきたと安堵の表情を浮かべる弁護士だったが……。 「じゃ、私達はこれで」  言葉すら発することの出来なくなった弁護士を置いて、執行官はスタコラと歩き出し、我々もそれに続く。  正直、通報くらいしてやれよと思いはしたが、特別に与えられた執行権の乱用を防ぐ意味合いからすると、あの判断は正しかったのだろう。  そして執行官はまた遥か彼方へと歩き去る。 「車は債務者に見つからないところに停める」  今となってはカビ臭い“伝承”染みていたこの言葉が、再び重みを得た瞬間でもあった。 【ニポポ(from トンガリキッズ)】 ライターの傍ら、債務者の不動産を競売にかける『不動産執行』のサポートも行う。2005年トンガリキッズのメンバーとしてスーパーマリオブラザーズ楽曲をフィーチャーした「B-dash!」のスマッシュヒットで40万枚以上のセールスとプラチナディスクを受賞。また、北朝鮮やカルト教団施設などの潜入ルポ、昭和グッズ、珍品コレクションを披露するイベント、週刊誌やWeb媒体での執筆活動、動画配信でも精力的に活動中。 Twitter:@tongarikids オフィシャルブログ:団塊ジュニアランド! 動画サイト:超ニポポの怪しい動画ワールド!
全国の競売情報を収集するグループ。その事例から見えてくるものをお伝えして行きます。
1
2