イカの塩辛でタイ市場に挑む。「世界の9割が生のイカを食べないなら、9割のビジネスチャンスがある!」

なぜタイだったのか?

 そもそも筆者がこの企業に注目した理由は、なぜ「イカ」ひとつでタイに勝負をかけようと思ったのか、また、(ここだけに限らないが)タイへの進出を今から考えるというのはやや遅いのではないか、疑問があったからだ。  それには山中氏が入社した事情があった。氏がこの会社に入ったのは2017年のことだ。山中氏はそれ以前はベトナムで数年間仕事をしていたし、それ以前はバンコクにも駐在していた経歴がある。 「これまで弊社は海外に進出したいという思いだけしかなく、実際にはなにもしていませんでした。それで私が入社することになり、海外経験を活かし、進出のために動いています」  実質的に国外に向けて動き出したのが2018年。山中氏にタイ経験があるとはいえそれは数年前のこと。現時点ではタイへの進出はなんの足がかりもなく、まさにこの見本市初日が、タイ市場に入り込むための第1歩だった。では、なぜ中国や台湾などでもなく、タイだったのか。 「親会社である新潟の『飛鳥フーズ』がJETROの輸出有望案件発掘支援事業の1企業に選出されまして、タイとドイツに売り込もうということになっています。ドイツも和食が人気のようですが、まずはタイからというわけです」(山中氏)  海外事業を始めたいのだが人手不足もあり、今回は同社からは山中氏ひとりがタイに来た。その代わりブースにはタイ人の通訳と、輸出有望案件発掘支援の農林水産と食品分野の専門家も一緒に立つという、JETROの大きなバックアップがあった。

最終日には試食用の塩辛が完売!

 筆者にはもうひとつの大きな疑問が。そもそもタイ人がイカの塩辛を食べるのだろうかという点だ。 「世界では90%の人が生のイカを食べないと言われています。それを逆にとって、まだ世界には90%も入り込む余地があると見ています。他国の人は塩辛をどう食べるのかすらわからないので、そこから始めようと、私も日本の自宅ではいろいろなレシピを試しています」  日本人からすると塩辛はごはんのお供や、アルコール類のつまみにと考える。実際、山形飛鳥でも数種類のラインナップはごはんに合う、ビール、ワイン、日本酒に合うものなどに分けている。  一方で、馴染みのない人は新しい食べ方を考案する。例えば、シンガポールでは温めたミルクにイカの塩辛を投入し、ラーメンにする人もいる。山中氏曰く「豚骨スープから豚骨を抜いたようなものですが、おいしいです」という。まだまだイカの塩辛にはメーカーすら思いつかない使い道もあるのだ。 「それに、今回の出店でわかりましたが、タイ人もイカの塩辛を食べますね。特に女性です」(山中氏)
新鮮なスルメイカを使用した塩辛

新鮮なスルメイカを使用した塩辛はタイ人に受け入れられた!

 このイベントに訪れるバイヤーはタイ人だけではない。マレーシアや中国、東南アジア各国の人が訪れる。しかし、中華系の人はサンプルをひと口含むやゴミ箱に吐き出す人もいるという。一方、タイ人は味わいに戸惑いはあるものの、半数以上がおいしいと答える。  商品サンプルをいただいたので、当日筆者のタイ人の妻に食べさせてみたところ、確かにおいしいと答えた。おそらく魚醤であるナンプラーや、ガピというエビを発酵させた調味料がタイにもあるので、イカの塩辛は案外に馴染みやすいのかもしれない。  山中氏が参加した見本市開催日のうち6月1日は調理関係の学生などにも開放された。つまり、未来の飲食業界を担うタイ人たちが見本市に訪れた。そのときにこの山中氏が持ち込んだ塩辛に注目が集まったそうで、なんと最終日の試食用の塩辛がなくなってしまったという。  今後は香港やフランスなどの食品見本市にも参加予定だ。ただ、なによりもタイに進出したいというのが山形飛鳥と山中氏の考えだ。試食の人気だけでなく、山中氏はイベントで出会ったタイ人ディストリビューターたちにせっせと交渉の連絡を取る毎日が今続いている。 <取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NatureNENEAM)> たかだたねおみ●タイ在住のライター。6月17日に近著『バンコクアソビ』(イースト・プレス)が刊行予定
(Twitter ID:@NatureNENEAM) たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など
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