しかし、AIには限界があるわけで、AIができない仕事を人間が担えばいいわけですが……問題は、AIにはできない種類の仕事をうまくやっていけるだけの能力――AIが苦手な読解力を人間が十分に備えているのかという点です。本書が本当に恐ろしいのはここからです。
新井さんは全国の大学生6000人の数学力を調査した経緯から、多くの大学生がテストの問題文を理解できていないのではないかと疑問を抱きます。そこで、東ロボくんの研究から人間の基礎的読解力を判定するリーディングスキルテストを開発し、中高生の「基礎的読解力」を調査したのです。
テストは、教科書と新聞から問題文を作成。「係り受け」「照応」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の6分野が課題となりました。
主語と述語、修飾語と被修飾語の関係を理解するのが「係り受け」。これ、それ、あれといった指示代名詞が指す言葉を理解するのが「照応」、2つの異なる文章を読み比べ、意味が同じかを判定するのが「同義文判定」。「推論」は文章の構造を理解し、自らの知識で意味を理解する力です。
「係り受け」と「照応」は自然言語処理で盛んに研究されており、AIの得意分野。一方、AIが苦手とするのが、「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の3項目で、「推論」は例えば、「エベレストは世界でもっとも高い山である」という文章を前提にしたとき、「エルブルス山はエベレストより低い」という文が正しいか間違っているかを判断するといったもの。
「イメージ同定」は、「四角の中に塗りつぶされた円がある」という説明と合致する図を選ぶといったもの。「具体例同定」は、「2で割り切れる数を偶数という。そうでない数を奇数という」という説明を受けて、選択肢から偶数をすべて選ぶといったような問題です。
新井さんは、中高生を中心にテストを行い累計2万5000人という膨大なデータを収集。それを分析した結果、衝撃的な事実が明らかになります。
「係り受け」の問題で、なんと中学生の3人に1人が不正解。AIと差別化すべき「推論」で4割、「同義文判定」で7割の生徒が当てずっぽう、サイコロ並みの正解率だったのです。
つまりは、「中学生の半数が、中学生の教科書を読めていない状況」。「ゆとり教育のせいだ」と言うかもしれませんが、多少の変化はあれ、日本の教育体系の大枠は変わっておらず、今の子どもたちに読解力がないとすれば、多くの日本人に読解力がないと考えられるそうです。
多くの人は、「AIにできない仕事」もできないかもしれない! 新井さんが描く最悪のシナリオはこうです。
「企業は人不足で頭を抱えているのに、社会には失業者が溢れている――。折角、新しい産業が興っても、その担い手となる、AIにはできない仕事ができる人材が不足するため、新しい産業は経済成長のエンジンとはならない。一方、AIで仕事を失った人は、誰にでもできる低賃金の仕事に再就職するか、失業するかの二者択一を迫られる」。そして、その後、「『AI恐慌』とも呼ぶべき、世界的な大恐慌」がやってくる……。
AIが人間を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到来し、人間がAIに支配されるなんていう未来予想より、圧倒的にリアリティのあるディストピアです。
しかし、嘆いていても仕方がありません。「AIが得意なことに、人間が勝負を挑むのは竹槍でB29に対抗するようなこと」ではあるけれど、AIの弱点である「一を聞いて十を知る能力や応用力、柔軟性、フレームに囚われない発想力などを備えていれば、AI恐るるに足らず」。
本書は「人間にしかできないことを考え、実行に移していくことが、私たちが生き延びる唯一の道」と結ばれています。その「人間にしかできないこと」とは何なのか? GoogleやSiri、アレクサに聞いて答えが出てくるはずもなく、自分で考えるしかないのです。
<文/鈴木靖子>