裏方に徹して評価を待てば、安倍首相は稀代の平和外交家に!?
「拉致問題は安倍内閣の最重要課題」と言い続けてきた安倍首相。圧力一辺倒の外交は変わるのか
結論として、「日本は裏方に徹して、北東アジア諸国をウランバートルに集める努力」をするのが、日本にとっても北東アジアにとっても安全保障的に最適な答えだということだ。
ただしクギを刺しておきたいのだが、ここで日本はこれ見よがしにその成果を誇るべきではない。日本人の美徳だと言われる「謙虚さ」には意味がある。自分で誇るよりも他人に言われたほうが、客観的評価が高まるだろう。だから、評価されることを急ぐべきではない。
事実は残り、必ず注目されて評価される時が来る。それまで待つことができれば、安倍首相は稀代の平和外交家としての名を歴史に残すことができるだろう。評価=プレゼンスであることも忘れてはならない。
いま直面している北東アジア安全保障問題の根幹は「冷戦構造」だ。冷戦構造で問題になるのは、「現場が常に大国の意思に翻弄される」ということだ。日本が独自の利益を主張するためには独り立ちしなければならないが、同時に新たな「冷戦のボス」となりうる中国をどう抑えるかという問題が浮かび上がる。その中国をけん制する場所としても、ウランバートルは適切な地だ。
モンゴルは中国に対して複雑な感情を持ち合わせている。多くの物事を頼る隣の大国ではあるが、「モンゴリア」の半分(中国の内モンゴル自治区。モンゴルでは「南モンゴリア」としばしば呼ばれる)を「持っていった」国でもある。冷戦時代から「ソ連の次に共産化した国はモンゴルだったのに、なぜ中国がナンバー2の地位に座っているのか」という感情もあった。
日本政府が、モンゴルのそういったネガティブな感情をなだめ、北東アジア安全保障の中心地としてポジティブな方向に持っていければ、北東アジアの安全保障力と日本の国際的地位の双方を高めることができるだろう。
2006年、モンゴル外務省(背後)にて行われた北東アジア安全保障会議に参加した筆者(右端)
ウランバートルを中心に北東アジアの安全保障体制を築くという案は、以上のように理論的に導いたものだが、実は個人的な体験にも裏づけられている。2006年、北東アジアの安全保障を考える会議がウランバートルのモンゴル外務省で開催され、筆者は日本代表として参加した体験だ。
モンゴル緑の党が、北東アジアのすべての国――日本、韓国、北朝鮮、中国、台湾、ロシア――の人々に会議への参加を呼びかけ、私もそれに応じたのだが、もう少しで全メンバーが揃うところまでいったのだ。直前になって北朝鮮とロシアからの代表参加は残念ながら見送られたが、これが他の国だったら「もう少し」というところまですらいかなかっただろう。モンゴルの小さな政党がそこまでできたのだ。日本政府にできないわけがない。
中米紛争は地域内の中立国コスタリカが主導、和解に導いた
参考になる例がある。20世紀後半の中米紛争を和解に導いた「中米和平交渉」だ。1960年からグアテマラで始まった内戦を皮切りに、エルサルバドル、ニカラグアと、次々に武力紛争が勃発したこの地域を、コスタリカが和平に導いた。
コスタリカ自身は、隣国ニカラグアの内戦のあおりを受け、米国の介入圧力にもさらされた。自国の安全保障だけを考えるのであれば、ニカラグアの問題さえ解決すればよかったわけだが、コスタリカのリーダーの考えは違った。中米全体の安全保障を包括的に考えることが近道だと考えたのだ。
このケースと現在の北東アジアには、類似する要素がいくつかある。
①同じ地域で複数の紛争が起きていること
②それらの紛争の構図が類似していること(冷戦の代理戦争)
③同じ地域内に中立性を保てる国があること
その結果「地域内の中立国が主導権を取って、紛争当事者たちを和解に導いた」ことが、北東アジア地域で参考になるというわけだ。複数の個別具体的な事象を当事者だけでバラバラに議論するのではなく、それらの事象を構造的問題として全員参加で包括的に議論する方が、問題解決も早くかつ強固なものになるという先例を、中米和平交渉は示している。
もちろん、違う点もある。我々は米国という世界最大の国から比較的距離が離れていること(その意味ではむしろ中国をケアしなければならないこと)、コスタリカは非武装であったこと、さらにそれを積極的中立にまで進めることで、みずから表舞台に立って主導権を取れる立場を作ったことなどだ。
勘違いしないでいただきたいのだが、日本がコスタリカと同じことをできるわけではないし、それを期待するものでもない。ただ、国際関係学のセオリーとして常設地域機構は役に立つこと、紛争解決学のセオリーとして紛争解決には仲介者がいた方がよいこと、その仲介者は紛争が起きている同じ地域の中立国であった方がよりよいことなど、理論的に共通する点がいくつもある。
それを応用すれば、蚊帳の外に押し出されそうな日本の「一発逆転」案が見えてくる。それが、「日本の後押しでウランバートルに北東アジア安全保障問題を語るラウンドテーブルを設けること」なのだ。
<文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に
『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。