また、ポーランドだけではなく、リベラルなイメージの強いフランスでもアーティストへの圧力は発生している。大型フェスティバルの「ヘルフェスト」に対しては、カトリック団体が「サタニズムや反キリスト教的な思想を広めている」と抗議したことが『
IQ』などで報じられている。
ここまで保守政党やキリスト教団体が圧力をかけようとしているブラックメタルとはいったいどんな音楽なのか? 前出の岡田氏が解説する。
「ブラックメタルとは、90年代に北欧ノルウェーで誕生したメタル音楽のサブジャンルです。正統派のブラックメタルは、コープスペイントと呼ばれる白塗りメイクを施し、鋲のついた黒づくめのファッションで、反キリスト、悪魔崇拝などに関する歌詞を叫ぶように歌っています。最近では多種多様なジャンルを融合させたバンドも増え、ブラックメタルの代名詞とも言えるコープスペイントを施さなかったり、悪魔崇拝ではなく、自然崇拝や社会問題について歌っているバンドもいます」
宗教に限らず、さまざまな分野での思想を全面に打ち出したバンドが多いので、結果、目をつけられやすいという面もあるのかもしれない。
また、表現の自由も、それが許されるのは他者の自由を侵害しない場合だ。そのため、他者の権利を侵害しかねない差別扇動についてプロテストをする行為と、前述したような宗教右派による弾圧行為と同列にはできないが、反対に極右的な人種差別思想や排外主義を掲げて、左翼団体から抗議を受けるバンドも存在する。
「バンドやアーティストが音楽を通して自分の思想や主義を主張するのは、まったくかまわないと思います。もちろん、『白人万歳!』などという差別的な歌詞を見ると、アジア人のわたしは正直かなりうんざりしますし、いい気分はしませんが。ただ、実際にこういうバンドのメンバーに連絡を取ると、意外にも親切でフレンドリーだったりすることもあるんです。私が一番厄介だと思うのが、そういったバンドのファンです」
岡田氏によれば、こういったバンドのコンサートには反ファシズム系団体などが抗議に来ることも増えているという。
「最近はANTIFA(反ファシスト)団体が、世界中のブラックメタルバンドに目をつけていて、少しでもネオナチ思想やそれに値する主義を持つバンドを見つけると、片っ端から潰そうとしてくるようになりました。だから、バンドもかなり敏感になって、あまり問題を起こさないように気をつけているんだと思います。しかし、ファンはそんなこと気にしないので、露骨に差別してくる人も時々います。わたしも怖いので、個人的にはなるべく接触しないようにしています(苦笑)」
演奏していい音楽/悪い音楽を他人が裁く権利があるのかは確かに大きな問題で、表現の自由の問題として慎重に考えていく必要はある。
ただ、権威や権力を持ったマジョリティからの一方的な弾圧のような例が増えていけば、ヘヴィーメタルというジャンルや音楽だけでなく、本や映画など他の分野にも飛び火する可能性は大いにある。また、規制される内容も線引きがどんどん曖昧になっていくだろうし、政治利用などにも繋がりかねない。
一部の音楽ファンが注目するニッチなニュースかもしれないが、法や思想、政治や宗教とアートの関係を考えるうえでは、見逃してはならないだろう。
<取材・文・翻訳/林泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン