カヴァの最大手、フレシネ社がドイツのヘンケル社に買収された背景にあったお家騒動

ドイツ企業に渡したくなかった売却反対派の対抗策

 一方、フレシネの株の売却に反対している側は、外国からの資金の導入自体は魅力を感じてはいたが、ドイツ企業が過半数の株を取得して、ドイツ人が経営権を握ってフレシネを支配するということには賛成できなかった。  そこで、売却を望んでいるエルビア家の動きを牽制する意味で、反対派のCEOのホセ・ルイス・ボネッは、エルビア家の株を購入して51%の株を手中に収めるために、3つの手段で対抗を試みた。  3つの手段とは、 1)サンタンデール銀行に1億2000万ユーロ(156億円)の融資を依頼 2)サントリー社に資本参加を誘った 3)カタルーニャで誕生したビールメーカーダム(Damm)社の資本参加を希望  というもの。  サンタンデール銀行はフレシネのメイン銀行であり、サントリーはフレシネの日本輸入総代理店で、長年の取引があるということと、サントリーがシュウェップスなどを買収して外国への市場開拓を積極的に進めているというのが選んだ理由。さらに、ダム社のCEOデメトゥリオ・カルセレールとホセ・ルイス・ボネッは旧友の仲である。こうした要因からこの対抗策が功を奏するかと思われたが、そうはならなかった。  この3つの取り組みについての回答は最後のダム社のそれしか筆者の手元にはない。ダム社が出資を辞退したのは経営に携わっている3家の考えや関心がまちまちだということと、株主が分散しているということである。  更に、フレシネが3億1800万ユーロ(413億円)の負債を抱えているというのも、これから収益に著しい回復を見られないということを考慮するとサンタンデール銀行も多額の融資を渋ったように思われる。(参照:「El Confidencial」)  ヘンケル社も、フレシネの12人の合議制による経営に疑問をもっていたようで、最初から資本参加には過半数の株の買収にしか関心を示さなかった。しかし、カヴァの世界支配は同社の重要な目的としており、フレシネの買収は今回が絶好の機会であると見ていたのは確かである。  当初から売却に反対を表明していたCEOのホセ・ルイス・ボネッは「収益性があるか無いかは見方次第だ。大事なことは損失を出さないことだ。ブランドを育てるのに熱心に努力しているのであれば、収益性は二の次だ」と述べて長期的視野から経営を見ていたようである。同氏は現在スペイン商工会議所の会長でもある。(参照:「El Mundo」)  ただ、残念ながら、ホセ・ルイス・ボネッの考えは他のいとこには単なる理想論だったようだ。結局、フレシネの50.7%の株は3月16日の両社の署名によってヘンケルに売却されることが正式となった。買収額は2億2000万ユーロ(286億円)である。(参照:「La Vanguardia」)  フレシネがドイツ企業に支配されることに及んで、スペイン国内では、フレシネの長年のライバルであるコドルニウ(Codorniu)社のスペインでの存在感がより高まりそうだ。同社の創業は1551年、1872年からカヴァの生産を始めた。レベントス家100%の出資企業である。  生産量こそフレシネが世界最大だが、スペイン王室御用達ということもあり、スペイン市場での品質や気品といった面での評価はコドルニウのほうがフレシネよりも常に上にランクされている。ドイツ企業にフレシネが買収された今後、この傾向はますます強くなりそうだ。 <文/白石和幸 photo by Shunichi kouroki via flickr(CC BY 2.0) > しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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