井山裕太は、不利な年齢条件を抱えながら世界戦に臨んでいる
かつて趙治勲がこんなことを言ったことがある。
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坂田栄男は偉大だった。なぜなら林海峰に負けたからだ。林海峰もまた偉大だった。石田芳夫に負けたからだ。だが石田芳夫は偉大ではない。大竹英雄に負けてしまったからだ。趙治勲はさらに偉大ではない。林海峰に負けてしまったからだ。
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ここで趙治勲が言わんとしていることは、世界は常に若い才能を求めている、ということだ。だから年齢差がある相手が戦う場合、若いほうは若いというそれだけで有利だというのだ。この論法で言えば井山裕太に敗れた張栩もまた、偉大な存在であるということだ。
そして、世界の囲碁界において頂点を極めるのは十代後半というのが常識である。
李昌鎬が初の世界戦優勝を果たしたのは16歳、柯潔は18歳で世界ランキング1位となり、2016年のテレビ囲碁アジア選手権決勝を戦ったのは韓国の16歳と中国の18歳だった。つまり、井山裕太は年齢という決定的な不利を抱えながら世界戦に臨んでいるということでもある。
「今日、こうして中国の棋士育成システムにお話ししていますけど、確かに年齢の部分は大きいんですよ。実力が同じくらいなら若いほうが強いです。しかも、中国の棋士のほうがどっしりとしているというか、これまでに生きるか死ぬかの勝負を繰り返してきましたから大舞台で実力を発揮するんですよね。井山さんの動揺のほうが大きくて普段通りの力、僕からタイトルを奪った実力を出し切れていなかったという印象は強いです」
筆者にとって逆に印象に残ったのは謝五段のあまりの優勝スピーチの短さだった。普通、優勝スピーチというのは主催者や関係者に礼を述べ、「井山さんは強敵でしたがなんとか勝たせていただくことができました」とかなんとか対戦相手を少したたえて……というのが普通だと思い込んでいた。
しかし、謝五段の通訳者から出てきた言葉は、
「世界戦優勝で一応嬉しいといえば嬉しいですが、そこまで嬉しいわけではないです」だった。これではいくらなんでも主催者の面目丸つぶれである。張栩はこれをどう聞いたのか。
「僕自身はその場にいて直接聞いたわけではありませんが、それは通訳の仕方がひどすぎただけでしょう。井山さんは思ったより強かったみたいなことを言っていたみたいですし、謝さんはそこまで失礼な悪いヤツではないと思います。ただ、先ほども話した通り、学校もまともに行かず囲碁ばかりに専念してきて、挨拶とかマナーを教わる機会もなかった、だからまともな話し方ができなくて感じが悪いヤツっていっぱいいるんですよ。でも偉くなった、強くなったら誰も教えられませんしね。こればかりは場数ですよ。それはそれで中国の大きな問題かなとは思います」
では今後日本囲碁が往年の強さを取り戻し、井山裕太が世界タイトルを獲得するにはどうすればいいのか。次回は井山裕太がどうするか、というミクロの視点と日本囲碁全体がどうすべきか、というマクロの視点から掘り下げていきたい。
【タカ大丸】
ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『
ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「
ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。
雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
公式サイト
ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『
ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「
ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『
貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。