ファルコン・ヘヴィはやっと1号機が上がったばかりで、今後も安定した運用が続けられるのか、価格は9000万ドルという予定どおりに抑え込めるのかといった課題はまだある。
しかし、すでに商業衛星の打ち上げを受注しており、今回の打ち上げ成功と、静止軌道に衛星を直接投入ができる能力の実証を受けて、さらなる受注も期待できる。とくに静止軌道には、民間の通信衛星や米国の偵察衛星が多く打ち上げられているため、ファルコン・ヘヴィのこの能力によって、衛星打ち上げを受注できるチャンスは増えることになろう。
また、米国航空宇宙局(NASA)の今後の計画に、大きな影響を与えることにもなるかもしれない。
NASAは現在、ファルコン・ヘヴィの約2倍の打ち上げ能力をもった超大型ロケット「SLS」の開発を進めている。NASAはSLSを使って、宇宙飛行士を月や火星に送り込んだり、大型の探査機を打ち上げたりといったことを計画しているが、開発は遅れ続けており、その開発費も打ち上げコストもべらぼうに高い。そこで業界関係者や議員の中には、SLSを止めて、ファルコン・ヘヴィを活用すべきとの声もある。
SLSの開発が進められている背景には、多分に政治的な要素もあるため、単純にコストが高いからという理由で、すぐにでもSLSが中止され、安価なファルコン・ヘヴィが担ぎ出されるということはないだろう。しかしそれでも、実際にファルコン・ヘヴィが完成したいま、そうした声はさらに強くなり、SLSの存在意義がいま以上に問われることになろう。
もうひとつの使いみちとしては、米国の特殊な軍事衛星の打ち上げである。米国は多種多様な軍事衛星を打ち上げているが、その中には飛び抜けて大きくて重い衛星もある。これまでは、前述したデルタIVヘヴィがそうした衛星の打ち上げを担ってきたが、これからは半額以下の価格で打ち上げられるファルコン・ヘヴィに、そのお鉢が回ってくる可能性がある。
これまで「世界最強ロケット」のタイトルホルダーだったデルタIVヘヴィ。しかしファルコン・ヘヴィは、この約3倍の打ち上げ能力をもちながら、半額以下ときわめて安価である Image Credit: ULA
なにより重要なことは、今後はファルコン・ヘヴィによる打ち上げ念頭に置いた、いままでにない大型の衛星や探査機の開発が可能になるということだろう。
これまで大型の衛星や探査機を造ろうとすれば、それ自体のコストはもちろん、打ち上げにかかるコストも膨大なものになるため、とても実現できなかった。しかし、強大ながら安価なファルコン・ヘヴィが誕生したいま、それが可能になる。
たとえば火星に着陸して、石や砂を採取して地球に持ち帰るような探査機もできるだろうし、液体の海があるとされる、土星や木星の衛星を探索する潜水艦のような探査機、さらにアポロ計画のような月への有人飛行もできるだろう。その可能性は計り知れない。
スペースXは、そして人類は、新たなる宇宙時代を拓くだけの力をもった、強力なロケットを手に入れた。
そしてもちろん、スペースXにとってファルコン・ヘヴィは終着点ではない。同社の究極の目的である、人類の宇宙進出と火星移住の実現、そしてそれを可能にするための新たなロケット「BFR」の開発に向け、ファルコン・ヘヴィをもその糧にしつつ、未来へ進み続けようとしている。
スペースXはすでに、ファルコン・ヘヴィよりもさらに大きな、そして人類の宇宙進出と火星移住を実現させるためのロケット「BFR」の開発を進めている Image Credit: SpaceX
<文/鳥嶋真也>
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info(
https://twitter.com/Kosmograd_Info)
【参考】
・Falcon Heavy | SpaceX(
http://www.spacex.com/falcon-heavy)
・Falcon Heavy Demonstration Mission(
http://www.spacex.com/sites/spacex/files/falconheavypresskit_v1.pdf)
・Falcon Heavy Test Launch | SpaceX(
http://www.spacex.com/news/2018/02/07/falcon-heavy-test-launch)
・SpaceX successfully debuts Falcon Heavy in demonstration launch from KSC – NASASpaceFlight.com(
https://www.nasaspaceflight.com/2018/02/spacex-debut-falcon-heavy-demonstration-launch/)
・Mars | SpaceX(
http://www.spacex.com/mars)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイト:
КОСМОГРАД
Twitter:
@Kosmograd_Info