日本にとって米中による一方的制裁の応酬は最悪のシナリオだ。それは日本が巻き込まれるかどうかの問題ではない。日本はかつて80年代には米国通商法301条などによる一方的制裁のターゲットとされてきた。その悪夢から解き放たれたのが95年のWTOの成立と、それに伴う一方的制裁の禁止であった。しかしその悪夢が再来しようとしている。
関税引き上げや輸入差し止めといった一方的制裁は、自国の市場が大きい国ほど力を発揮する。米国や中国がそれだ。いわば「市場という力」によるパワーゲームなのだ。むき出しの利害のぶつかり合いだ。それに対して、そのような力を持てない日本のような国は、ルール重視と叫ぶことになる。日本と似た立場は豪州、欧州で、日本はこれらの国々と連携を取る所以だ。
米国が気づかなければならないのは、中国が「一方的制裁の権化」だということだ。最近の韓国企業に対するTHAAD配備への経済報復を見れば明らかだ。これを自制させなければならないにもかかわらず、かえって中国に一方的制裁の口実を与えることになりかねない。80年代は一方的制裁を振りかざすのが米国だけだからよかったが、今や中国の方が危険な存在だ。米国は80年代の成功体験へ回帰するだけでは済まないことに気づくべきだろう。
米国がこうなってしまったからには、日本に期待される役割はかつてなく大きい。まず米国を何とかWTOに繋ぎ止めることが必要だ。そうでなければWTOは崩壊寸前だ。その危機感は欧州、豪州などとも共有している。
そのためには最大の懸念である「中国問題」にWTOが向き合うことだ。そうすれば米国も巻き込むことができる。中国の過剰生産や国有企業への優遇、不透明な補助金などを是正させる仕組みや電子商取引分野のルール作りなどに日本が奔走したのもそこにある。
残念ながら国内政治にばかり目が行く米国には未だその思いが届いていないようだ。しかし日本が努力している方向は間違っていない。
実利優先の米国を世界秩序に繋ぎ止めるためには実利を感じさせなければならない。今後も日本はそのための仕組みづくりを欧州、豪州などを巻き込んで主導すべきだろう。
来年、トランプ政権はますます内向き志向になって、米中貿易衝突も予想される。それだけに、日本が期待される役割を果たせるかが問われている。
【細川昌彦】
中部大学特任教授。元・経済産業省。米州課長、中部経済産業局長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『
メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)
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