中国の宇宙ステーションが地球に落ちてくる?「正しく恐れる」ために大切なこと

地上に落下する可能性は?

 実際のところ、どこに落下するかはわからない、というのは事実である。ただ、人家のある地域に落下し、誰かの頭上に降り注ぐ可能性は限りなく低い。  まず、天宮一号は宇宙ステーションとはいえ、全長約10m、直径3mと、宇宙に打ち上げられた物体の中ではそれほど大きなものではない。そのため、機体の大部分は再突入時の熱で燃え尽きると考えられる。

天宮一号の想像図 Image Credit: CMS

 ただ、部品の中には熱に強い素材を使っているものもあり、また再突入時の機体の姿勢によっては、機体の内部や後部にある部品が熱を受けにくくなる可能性もある。つまり、いくつかの部品は燃え尽きずに、地表まで到達する可能性があるのも事実である。  しかし、天宮一号が回っている軌道の傾きから、落下するのは北緯約43度から、赤道をまたいで南緯約43度までの間に限られる。この時点で、それよりも北、あるいは南にある地域は除外される。また、地球の大部分は海や何もない大地が大半であり、都市はもちろん、人家のある地域に落下する可能性を考えるときわめて小さい。自分の頭上に降ってくる可能性を考えるくらいなら、交通事故や毎日の食生活に気をつけたほうがよほど有意義であろう。  また落下時期も、現時点では、今年の年末から来年初めにかけてのどこかというくらいで、いつ大気圏に再突入し、万が一燃え残った部品があったとして、それがどこに落下するか、ということはまだわからないが、それも時間の問題で、今後落下までの時期が近づいてくれば予測は可能になる。これは、人工衛星の軌道が下がるペースは主に大気の状態によって左右され、その大気の状態は太陽活動などによって時々刻々と変わっているためである。  つまり、あくまで現時点では予測できないというだけであり、今後落下までの時期が近づいてくれば、その時点での大気の状態などを計算に加えることで、いつ、そしてどこに落下するか、ある程度範囲が絞れるようになる。もし万が一が当たり、大都市などに落下する可能性が濃厚になったとしても、避難などの対策を取るだけの時間はある。

欧州の無人補給船「ATV」が大気圏に再突入した際の様子。天宮一号の機体はATVより小さいが、このような感じで再突入することになろう Image Credit: ESA

宇宙ゴミ落下の危険をなくすためには全世界の努力が必要

 こうしたことから、頭上に宇宙ステーションが落下してくることを、過剰に心配する必要はない。  とはいえ、こうした事態は中国が意図していたものではないだろうし、そもそもこうした事態にならないのが望ましいのはいうまでもない。  これまで天宮一号よりも大きな人工衛星はいくつも打ち上げられているが、その多くでは「制御落下」と呼ばれる処分が行われている。これはエンジンを噴射して、機体を太平洋上などのなにもない地域に狙って落下させるというのもので、万が一燃え残った部品があっても海に落ちるので、人や建物に被害が出ることはない(もちろん事前に付近を通る航空機や船にも警告を出す)。  中国ももともと、天宮一号の運用終了時には、南太平洋に制御落下させることを計画していたことが、公式の資料から明らかになっている。ただ、2016年に起きた故障によりそれができなくなったのであろう。これ自体は中国の落ち度ではあるものの、打ち上げから5年も経った人工衛星が故障することは珍しいことではない(なお、天宮一号の設計寿命は2年と想定されていた)。  また、中国の宇宙局は天宮一号の軌道や今後の予測を広く公表しており、どこかに落下する危険がある場合は警告も出すことになっているため、この落ち度に対する責任は取っているといえよう。  また、これまでも故障や、そもそも最初から考えていなかったという理由で、制御落下できずに大気圏に再突入した人工衛星はいくつもある。その中には海ではなく人の住んでいるところに落下したものもあり、ソ連/ロシアは宇宙用の小型原子炉や、放射性物質をそのまま落下させたこともある。  もちろん、他国もやっているから中国も許される、という話では決してない。あくまで、今回のような事態は、これまでも起きており、そしてこれからも、そしてどこの国や企業の人工衛星であれ起こりうることであり、中国だからという理由で騒ぎ立てることではないということ、そして今回のような事態をどのように減らし、地上に落下する危険をなくすかということは、宇宙開発にかかわっているすべての国や企業にとっての課題である、ということである。  今回の天宮一号を通じて、宇宙から人工衛星が落下することに対する正しい知識が広がり、こうした事態を減らすための前向きな議論が始まることを願いたい。

天宮一号の想像図 Image Credit: CMS

<文/鳥嶋真也> とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。 Webサイト: http://kosmograd.info/ Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info) 【参考】 ・http://www.cmse.gov.cn/art/2017/10/24/art_810_31907.html ・China’s 1st space lab Tiangong-1 ends data service – Xinhua | English.news.cn(http://news.xinhuanet.com/english/2016-03/21/c_135209671.htm) ・China’s Tiangong-1 space lab to fall to Earth between October 2017 and April 2018(https://gbtimes.com/chinas-tiangong-1-space-lab-fall-earth-between-october-2017-and-april-2018) ・Tiangong 1 brought down by dysfunctional battery charger – China Space Report(https://chinaspacereport.com/2016/09/30/tiangong-1-brought-down-by-dysfunctional-battery-charger/) ・Tiangong 1 – China Space Report(https://chinaspacereport.com/spacecraft/tiangong1/
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。 Webサイト: КОСМОГРАД Twitter: @Kosmograd_Info
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